Dr.國井のSDGs考(下) 「世界の課題」に取り組む若者に期待 東京大名誉教授・黒川清さん
◆質問が出ない日本の学生
國井 だめなところばかり話していても仕方ないので、今後、社会を変えていくために、若い人たちに期待することについてお聞きしようと思います。私が若い人に望むのは、まずは先生が言われている通り、自分で考えてWhyをどんどんぶつけること。コミュニケーションというのは会話から始まります。私が気になっているのは、日本の学生に講義をしても質問が出ないこと。ソウル大学に行ったとき、私の話が終わると学生たちは流暢(りゅうちょう)な英語でどんどん質問をしてきた。ところが、日本では東大や京大で講義をしても質問はほとんど来ない。やっと来たと思ったら外国人の学生で、呼んでくれた先生が、申し訳なさそうに「私から質問いいですか」ってなることも多い(笑)。
黒川 それは、「恥の文化」もあると思っているけどね。先生を困らせてはいけないって思っているのではないかな。
國井 ぼくが若い学生に言っているのは、まずは皆さん、明日からこういう講義があったら、手を挙げて質問するところからコミュニケーションの訓練を始めてくださいということです。
黒川 そのためにはやはり、先生のほうの問題がある。そして、若い人を外国に出さないとだめだね。
國井 すぐに大勢の学生を海外に出すのは難しいでしょうが、海外から優秀な若者を入れて、日本国内で多様性を図ることも大事でしょう。いい人は欧米、最近ではシンガポール、韓国や中国に留学するようで、日本に来る優秀な留学生も減っていると聞きますが。
黒川 大学を1年休んででも、学生には海外に行ってほしい。NGOでもいいし、大学への留学でもいい。いろいろな人に会ってユニークな友達が作れれば、そこからネットワークが広がっていく。もしも「国籍」を変えても日本人であることは終生、変わらないから、海外に出ることで日本の「弱いところ」、「変な」ところがわかるようになる、そして「健全な愛国心」が生まれます。そのためにも、もう少ないとは思うけど、大学には休学する学生から授業料を取るのをやめてほしいね。大学は教育機関なんだから。「休学の勧め」です。
國井 私は学生のとき1年間、ギャップイヤーを取ったんですが、自治医大だったからお金は取られなかったけれど、義務年限(卒業後に僻地=へきち=などの公的医療機関で勤務しなくてはならない年数)が増えました(笑)。
黒川 ペナルティーじゃないか、それは。考えることがせこい(笑)。
國井 入学金も授業料もただで、月にお小遣いももらっていましたから仕方ないです(笑)。でも、最近は若い人たちもスタートアップをつくったり、アフリカでビジネスやったりと元気な人たちも増えてきています。これはうれしいことですよね。
◆元気な若者が社会を変える
黒川 ぼくも、アフリカでビジネスを始めた若い日本人の話は聞いた。澁澤(健)さんと公募制でアフリカでビジネスをはじめる日本の若者に支援金を出すプログラムを作ったときに気がついたのは、半分ぐらいが女性だった。ぼくもインターネットで皆にインタビューしたけど、現地のカラフルな布を日本に持ってきて、京都で着物を作らせてそれを売るといいんじゃないかとか、面白いことを考えていた。
國井 社会を変えるには、そういう人を数人ではなくて数十人と集めて、クリティカルマス(結果を得るために必要な量)にしていくことが必要です。ある程度まで増えると社会はぐっと変わっていくところがあるので、私はそこに期待したいです。
黒川 そうだね。東大医学部の学生の企画で2時間ほど話をしたときは、「頭と心とへその下」というタイトルにしたらたくさんの学生が来てくれた。「頭」は脳の力のことで、覚えるとか学ぶこと。「心」というのは、実体験が大切ということ。やはり自分で経験したことじゃないと「心」は動かない。そして、「へその下」というのは「決める」、つまり「右か左か」を決めるということ。人の言うことを素直に聞く人もいれば反対する人もいるけれど、どちらにしても自分で決めないといけない。「右か左か」は10歳ごろには決まっている、と。
國井 私は「4つのション」が大事だと言っています。ビジョン(未来像)とパッション(情熱)とディシジョン(決断)とアクション(行動)。
黒川 ぼくの「へその下」と似たようなものだね(笑)。ビル・ゲイツとスティーブ・ジョブズの話にもあったね。ビル・ゲイツは最初、テクノロジーが大事で「リベラルアーツ教育は大学の教育の妨げになりかねない」と言っていたけど、スティーブ・ジョブズはアートが大事だと言った。最終的には、ビル・ゲイツもそれに同意したとか。よく知られた話です。米マイクロソフトは2018年の書籍で、「AI(人工知能)のポテンシャルを最大限に引き出すためには、リベラルアーツ教育からの学びが不可欠になる」と記しています。
國井 ゲイツや元奥さんのメリンダとは何度か会っていますが、彼らは「頭と心とへその下」に加えて、財布と手足を使っていますね。やはり世界を変えるには、考えて、実体験して、やることを決めたら、資金を動かして、行動しないといけない。これを彼らは財団(ビル&メリンダ・ゲイツ財団、以後ゲイツ財団)を作ってやっています。前職のグローバルファンドも現職のグローバルヘルス技術振興基金GHIT(ジーヒット)でも、ゲイツにはお世話になっています。
最後に、先生にお聞きしたいことがあります。先生は、私が働くGHITの初代理事長でした。その創成期の頃の夢や苦労話を少し聞かせていただけますか?
黒川 GHITは、日本政府が2013年に設立した枠組みで、その立ち上げに中心的な役割を果たしたのが私のUCLA時代の同僚の一人、タチ・ヤマダ。子供の時に米国に移り、私がUCLA教授の時にミシガン大学から2年ほどUCLAに来ました。タチは2006年から11年までゲイツ財団で国際保健プログラム総裁を務め、途上国の保健衛生の向上にさまざまなアイデアを出して、国際保健に携わる人々にインスピレーションを与えた人です。
◆注目すべきGHITの国際性
黒川 GHITのパートナーは設立時から5年間で合わせて100億円規模の資金拠出を表明しました。拠出された金額のうち日本政府(外務省と厚生労働省)が50%、日本の製薬会社(アステラス製薬、エーザイ、塩野義製薬、第一三共、武田薬品工業)が25%、ゲイツ財団が残りの25%を担いました。私は、この仕組みつくりには関与していなかったのですが、できあがる最終段階で代表理事就任を依頼され、引き受けました。その理由は、ユニークな「国際性」です。
評議会、理事会、選考委員会、リーダーシップチームは国際的なメンバーで構成されています。日本の公益法人でありながら、評議会、理事会、選考委員会などの会議は英語で行われ、運営やガバナンスに国際基準を取り入れています。私は、5年は引き受けるがこれがうまくいって、日本政府が第2期も続けることになったら、理事長を退任するつもり、立ち上げ期が私の責務と考えている、と一部には伝えておきました。
2017年6月1日、GHITの資金拠出パートナーである日本政府、民間企業、ゲイツ財団、ウェルカム・トラストは、GHITの第2期の事業に対して、2013年のGHIT設立当時の拠出額(約100億円)の2倍にのぼる200億円以上の拠出にコミットメントすることを表明しました。最初の5年間の成果が認められたということでしょう。私は日本政府が第2期の予算を確定した後に任期をもって退任させていただきました。チームとしてかなり頑張りましたし、非常にユニークな、日本では極めて珍しい貢献ができたのではないかと思っています。アフリカばかりではなく、インドなどでも投資しています。
TICAD(アフリカ開発会議)という日本政府のアフリカ支援プログラムは基本的に、4年ごとに開催されますが、これに加えて小泉総理によって野口英世アフリカ賞が設けられ、その委員長にもあたっていました。これは3、4年に一回、東京で開催されますが、今年はコロナのためにチュニスで開催され、先日、その表彰式が東京で開催されました。
◆アフリカやアジアとチーム作りを
黒川 これからの日本は、日本の政策だけではなく、ODAもそうですが、パートナーとしてのアフリカやアジアの国々とのチーム作りが大切です。グローバルヘルスに興味を抱く若い世代と話をすると、彼ら、彼女らのマインドセットがグローバルな視点に変化していくのを見て、とてもうれしく思います。私たちがそうであったように、若者の多くが、低中所得国の健康の向上に、日本の科学や技術を活用したいという思いを持つでしょうし、その思いを実現するためのグローバルなパートナーシップに魅了されることでしょう。日本の若い世代は、世界の同じ世代の人々と一緒に、世界で最も難しい課題の一つに果敢に取り組んでいくと思います。
GHITは日本の公益法人でありながら、日本の政府と医薬企業、ゲイツ財団などとタッグを組んだ国際機関としての側面やアイデンティティーを持つことで、アフリカをはじめとした途上国の人々の健康向上に成果を積み上げる、新たな企画として成長してきています。グローバルな世界の中で、グローバルヘルスの向上への日本のODAとして、そして米英を巻き込んだ国際的な産官学がパートナーとなって行動した極めてユニークな事例であり、日本の途上国の健康支援の一つのモデルとして世界に誇れるプログラムと思います。GHITのような新しい企画、プログラムに挑戦する先駆者は多くの課題に直面しますが、それらを乗り越えることで今後さらに、その成果はグローバル世界の中でも新しい、ユニークな国境を越えた産官学のプログラムのお手本の一つとなっていくでしょう。
國井 先生が創ってくださった国際機関を決して無駄にはしませんよ。新型コロナで得た教訓とチャンスもしっかりと活用してGHITを育てていきます。世界に貢献しながら、日本にも刺激を与えていきたいと思っています。本日はありがとうございました。先生とお話しできて、ますます元気が出てきました。 =おわり
(構成・道丸摩耶)
【プロフィル】國井 修
くにい・おさむ。昭和27年10月、栃木県大田原市生まれ。自治医大在学中、インドに留学し伝統医学を学ぶ。ハーバード大公衆衛生大学院留学を経て、国立国際医療センター、東京大講師、外務省課長補佐、長崎大教授などを歴任。平成18年から国連児童基金(ユニセフ)でニューヨーク本部、ミャンマー、ソマリアなどに赴任。25年から「世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)」の戦略・投資・効果局長を務めた。令和4年から、グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)のCEO。最近の著書に「世界に飛びたて!命を救おう! グローバルヘルスを志す人 リーダーを目指す人のために」(南山堂)。