ザ・インタビュー 「性革命」と若者の揺らぎ 作家・黒川創さん著『彼女のことを知っている』
「性、というのは人間の問題を扱えば必ず入ってくるもの」と話す。「男女の間であれ、同性の間であれ、エロスをはさんだ関係は、好きで一緒になったのに、心ならずもうまくいかなくなっていく。人生の難問だよね。自分の時々の性をめぐる経験を、時代とともに考えたかった」
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世間がバブル景気に沸いた1988(昭和63)年、フリーのライターだった27歳の「私」が、映画のシナリオ執筆を依頼される挿話から物語は始まる。シナリオの原作となる女性画家の自伝的エッセーには「性革命」「女性解放運動」といった言葉が躍っていた。それに導かれるように、「私」は郷里の京都にあった喫茶店「ロシナンテ」でアルバイトをしていた70年代の記憶をたぐり寄せる。
ヒッピーの学生が共同経営するその店では、毎月10人ほどの女性が集い、「男権論者」を口々に批判していた。一方、女性の解放や恋の自由が叫ばれた時代でも、カップルのもめ事は頻発した。パートナーの男性の所在を確かめるために、暗い声で店に電話をかけてくる女性の姿が印象深い。浮かんでくるのは、大文字のスローガンからはこぼれ落ちてしまう生身の個人の心の揺れだ。
喫茶店のモデルは京都に実在した「ほんやら洞」。「僕も子供ながら出入りしていて、エピソードはこの本にも割と取っている」と明かす。
「当時『フリーセックス』という言葉も広まったけれど、恋人がどんな性関係をもっても平気だ、という生き方をした人間はほとんどいなかったと思う。親の規範とは別に生きたいとは思っても、基本にあるのは男女の対関係で、そこから逸脱すると、やはりまずいことになる。ぎくしゃくし、かなり無理をして若者は生きていた。個人の歴史に、社会が映りこむんですよ」
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#MeToo運動を批判する共同声明に名を連ねて物議を醸した仏女優カトリーヌ・ドヌーヴの生涯も丹念に描く。そうした「公」の社会と、「私」の少年時代の性体験や娘との対話といった私的な回想が混ざり合う。4章構成の物語からは、破綻した男女関係をめぐる記憶の心もとなさ、いとおしさも伝わってくる。
「自分が覚えていることは切れ切れだし、相手である彼女が見て感じたこととは全然違う、とも思う。独在論に陥らないように、そこには常に留保を置きたい。自分の漠然たる記憶とは違う複雑な宇宙があるかもしれないのだから」
最初の小説を発表してから二十数年。「今回、ようやく書きたいことが小説で書けた」と語る。「評論から学んだものを小説に生かし、小説から学んだものを評論や回想記に生かす-。そういうことが少しずつ、できるようになってきた。(英作家のジョージ・)オーウェルも小説を書きながら、書評にも重きを置いていた、といいますよね」
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くろかわ・そう 昭和36年、京都市生まれ。同志社大文学部卒。平成11年に初の小説『若冲の目』を刊行。『かもめの日』で読売文学賞、『国境[完全版]』で伊藤整文学賞(評論部門)、『鶴見俊輔伝』で大佛次郎賞をそれぞれ受賞している。