役所広司主演、映画『ファミリア』が描く世界の中の日本、日本の中のブラジル、境界なき愛
日本を代表する名優・役所広司が最も注目される若手の1人、吉沢亮と初共演。2023年最初の主演映画は、日常のすぐそばにある“世界”とのつながりを強く意識した作品になった。妻を亡くして陶芸に身を捧げる職人が、偶然の出会いから在日ブラジル人コミュニティーと関わりをもち、時に残酷な運命の中に小さな希望を見つけて生きる。映画初出演ながら物語のリアリティーを支える国際的キャスト陣に語ってもらった。
日本に暮らす外国人の数はおよそ296万人(2022年6月末、出入国在留管理庁)。300万の大台に迫る勢いで、総人口の2%を大きく超えている。出身国で5番目に多いのがブラジルで、20万7000人(同)が暮らす。1985年には2000人に満たなかった在日ブラジル人の数は、10年余りで100倍に増え、以後四半世紀にわたり20万人台を維持している。
1980年代後半、日本が好景気に沸く一方で、ハイパーインフレにあえぐブラジルから、多くの日系人が出稼ぎにやってきた。日本政府も「移民政策」を取らずに単純労働力の不足を補えるとして、1989年に入管法を改正し、在留資格者の対象を日系3世とその配偶者にまで拡大する。
こうして定住したブラジル人のコミュニティーは北関東や東海地方など各地に点在するが、その1つに映画『ファミリア』の撮影地となった愛知県豊田市の保見団地がある。戦後の第2次ベビーブーム後に建てられた団地だが、1980年代末から在日ブラジル人が増え続け、いまや住民の過半数を占めるようになった。
そこから車で30分ほど行くと、瀬戸市がある。「瀬戸物」という呼び名があるように、古くから陶磁器の町として知られる。何世紀にもわたる伝統を受け継ぐ静かな山里にも、需要の減少や後継者不足など、時代の荒波が押し寄せる。隣町には世界経済の激動が響き、地球の反対側から来た若さあふれる人々がにぎやかにたくましく暮らす。
『ファミリア』はそんな土地柄を背景にして生まれた物語だ。
主人公は陶器職人の誠治(役所広司)。妻に先立たれ、自宅の工房と窯で昔ながらの焼き物作りをして静かに暮らしている。そんな彼の下へ、アルジェリアのプラントでエンジニアとして働く一人息子の学(吉沢亮)が休暇を取って帰ってきた。現地で結婚したナディア(アリまらい果)を父に会わせるためだ。
2人が滞在する間、誠治の家に小さな事件が起こる。見知らぬ青年が車を盗もうとしてぶつけてしまう。隣町の団地に住む在日ブラジル人のマルコス(サガエルカス)だった。仲間のマノエル(スミダグスタボ)が起こしたトラブルの巻き添えで日本人の半グレ集団から袋叩きに遭い、逃げてきたマルコスを誠治たちが介抱する。
数日後、誠治のところへマルコスの恋人エリカ(ワケドファジレ)がお礼にやってきた。マルコスが車を壊したことを知ったエリカは、おわびとしてブラジル人コミュニティーのパーティーに誠治たちを招き、彼らの交流が始まる。しかしなかなか心を開こうとしないマルコス。仲間のルイ(シマダアラン)とともに、半グレから執拗な攻撃を受け、やがて誠治も巻き込まれていく。
物語には、誠治の生い立ちや、定年間近の刑事・駒田(佐藤浩市)との関係、ナディアの祖国での境遇、ブラジル人に憎悪を抱く半グレ集団のリーダー海斗(MIYAVI)の過去、マルコスの父がたどった運命など、人物たちの背景が細かく描き込まれる。その人間模様の立体的な重なりによって、地方にひっそりと暮らす一人の小さな人間であっても、背後には世界が広がり、歴史とつながり、時代を生きていることが感じられる。
隣接する2つの世界を対比しながら場面が転移し、観客を引き込む。役所広司が神経を集中し、見事な手付きで職人技を見せる自然豊かな窯の里。その少し向こうは、巨大なコンクリートの塊が無機質に立ち並ぶ別世界だ。
ブラジリアンタウンのナイトクラブ。ヒップホップのリズムに乗って若い肉体が躍動し、異国の言語で誘惑し、挑発し合っている。こうしたリアリティーあふれる場面が、実際に在日ブラジル人コミュニティーで暮らす人々の起用で成り立っている。