稲田豊史×レジー×佐々木チワワ ファストな社会の歩き方
――2022年にファスト(速い、時間がかからない)的な情報収集に関連する書籍を出版されたお三方にお集まりいただきました。
稲田》『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ──コンテンツ消費の現在形』執筆のきっかけは、コロナ禍でNetflixやAmazon Prime Videoなどの動画配信サービスを活用する人が増える中、同世代の知り合いが、海外ドラマを1・5倍速で観たり、10秒スキップのボタンを連打しながら飛ばし見したりしているのを知ったことです。
その頃に『AERA』で「『鬼滅』ブームの裏で進む倍速・ながら見・短尺化 長編ヒットの条件とは」という記事が掲載されました。このような視聴方法がある種の人たちの間でかなり習慣化されていることに感じ入るものがあり、本書の基になるウェブ記事を何本か書いたところ、大きな反響を得たんです。その後いろいろ調べてみると、年代が若いほど倍速視聴の経験率が高いことも判明しました。
――歌舞伎町のホストなどを「推す」人々の消費やカルチャーにフォーカスをあてた『「ぴえん」という病 SNS世代の消費と承認』の著者・佐々木チワワさんは、2000年生まれのZ世代(1990年代後半から2012年頃に生まれた世代)です。倍速視聴の経験率が高い年代にあてはまります。
佐々木》商品などの説明動画とかは倍速で観ますけど、映画やドラマではっきり倍速視聴したと言えるのは一作だけですね。普段はそんなに倍速視聴も飛ばし見もしません。お笑い芸人のコントとかは絶対、倍速で観ないです。間や表情が大事なので。コンテンツとして観るか、作品として観るかで、倍速にするかしないかが変わるんじゃないでしょうか。コンテンツとして観る場合、その動機は周囲の話題についていくためとかになると思うんですよ。要は、その行為自体を楽しもうとしているわけじゃない。そうした場合、倍速で観る人が多いのだと思います。
レジー》話を合わせるために観るのか、楽しむために観るのかという違いは大きいですよね。僕が書いた『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』の着想も、そのあたりにあります。本や映画、あるいは何かを学ぶことって、本来はそれ自体を観る・聴くのが楽しいとか、知的好奇心を満たすために触れるわけですよね。それが最近では人と話を合わせるツールとしての役割ばかり強調されている印象があって、そんなムードと広義の教養の結びつく現象が生じているように見えたんです。
そういったことを考えているタイミングで、稲田さんの倍速視聴の記事がバズったり、ファスト映画(映画の映像などを無断で使用し、10分程度でストーリーをまとめた違法動画)で逮捕者が出たりしました。その背景にファスト教養と呼ぶべき潮流があると思ったのが、本を書いたきっかけです。ファスト教養の根底には、ビジネスシーンで使える「話を合わせるのに最適なネタ」を手早く仕入れ、「うまく立ち回る」ことでお金を稼ぐという考え方があります。教養が収入を上げるためのツールになっているんですよね。
稲田》『ファスト教養』を読んでショックだったのは、「教養の効率的な獲得」と「金儲け」が「出し抜く」という発想でつながっている点です。「出し抜く」って、基本的にあまり褒められた振る舞いじゃない。でも、それが「うまく立ち回る」方法として推奨されているのが現代です。むしろ人を出し抜かないと現状をキープすらできず、騙されたり陥れられたりする。そんな世知辛い社会になってしまっているのか、と。
レジー》「出し抜きたい」という本音は、表向きには成長への意欲みたいなノリでコーティングされているんです。その裏側にある後ろ暗い気持ちが周りには漏れていないケースも多いと思います。
佐々木》でも成長って本来は、自己分析をしてどういうふうに成長したいのか、何の能力を伸ばしたいのかを考えて、適切なKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)を設定しないとできないものですよね。
稲田》若者からガチの正論が……。