建築家が夢見た幻の都市像をめぐる1冊。
アンビルト、つまり実現しなかった建築・都市構想。本書では20世紀初頭以降に発表されたアンビルトが100を超えるイメージとともに登場する。見出しでは建築家の名前は隠され、読者は地名と年代とプロジェクト名とともにアンビルトと出会う。
この体験は独特で、たとえばザハ・ハディドの幻想的なドローイングも、マドリードという都市に紐づいていると捉えると、破片のような抽象描写が壁や屋根などの具体的なパーツに見えてくる。レム・コールハース率いるOMAが1990~2000年代に発表した即物的な超高層のイメージも、バンコクやドバイといった現実の都市をリサーチし、過密化の解決策として計画されたことが実感できる。磯崎新〈空中都市〉が高層ビル街となった新宿や開発の進む渋谷を対象としていることには、予言的な意味を読み取りたくなる。
都市開発の歴史的な視野も広がる。ニューヨークの〈LOMEX(ロウアーマンハッタン高速自動車道)〉をめぐっては、ジャーナリストのジェイン・ジェイコブズと都市建設者ロバート・モーゼスとの対立が有名だ。だが本書ではモーゼス案が失敗した後に発表されたポール・ルドルフによる計画案が表紙に使われるなど大きく紹介され、興味を広げてくれる。
しかし近年こうした都市ビジョンの発表は少ない。本書でも1980年代以降のイメージはごくわずか。成熟期の都市ではあまり意味がないからだ。一方で、かつてのアンビルトは現実の都市開発にも影響を及ぼし、形や場所を変えて実現されつつある。たとえばル・コルビュジエの〈ヴォアザン計画〉は、高層化する現代のメガシティと共通の空気が感じられる。OMAは各国で超高層ビルを手がけるようになり、バンコクで高さの記録を塗り替える〈マハナコン・タワー〉を2018年に完成させ、東京でも〈虎ノ門ヒルズ ステーションタワー〉を建設中だ。
さらにはデジタル技術の進化により仮想現実内に建築や都市をつくり出すことも可能になりつつある。たとえば建築運動メタボリズムの象徴的存在として本書でも触れられている黒川紀章設計の〈中銀カプセルタワービル〉は、解体と並行して仮想現実内に保存されるプロジェクトも進んでいる。