「その服に哲学はあるか」、ファッションデザイナー中里唯馬氏インタビュー
――中里さんは未来のデザイナーを育成・支援する「FASHION FRONTIER PROGRAM(FFP)」を立ち上げました。
中里:ファッションデザイナーとして活動していましたが、ファッション業界が抱える大量生産・消費や環境汚染などの課題に疑問を抱いていました。自分のファッションブランドでできることはしてきましたが、それだけでは広がりに限界があると思っていたときに、環境省でもこの課題に取り組んでいることを知りました。
これまでファッション業界の管轄は経産省でしたが、これからカーボンニュートラルを目指す上でファッション業界の脱炭素化は重要な課題です。そこで、環境省が座談会を開き、ファッション業界の課題解決に取り組んでいると聞いて興味を持ったのです。
環境省とファッション業界の課題について話し、この企画を提案しました。ファッションデザイナーが、衣服のデザインを考える際に素材の選定からパターン、染色やプリントなどの二次加工、さらには工場の選定に至るまで、様々な領域の意思決定を行なっていく役割があるので、デザイナーの意識が変わると業界へのインパクトは大きいと思いました。
ただ、業界全体の教育改革をするには、膨大な時間とエネルギーが必要です。ですので、別の形でデザイナーの意識を変えられないかと考え、このアワードを提案しました。
単なるファッションコンテストではなく、一般公募から選んだデザイナーにはソーシャルレスポンシビリティについて学ぶ機会を提供したり、アイデアを具現化できるように企業とマッチングしたり、メディアの紹介や資金支援なども行います。
――昨年、FFPの第1回目を実施しました。手応えはいかがでしょうか。
中里:ソーシャルレスポンシビリティとクリエイティビティは難しいテーマなので、どれくらいの方が応募してくださるか安でしたが、約100人の方から応募がありました。デザインを学んだことがない高校生から主婦の方、そしてプロとしてご自身のブランドを運営されている方まで様々な人がいました。
このプログラムの目標は、これから業界を目指したいと言う人の夢」を応援することです。そのため、現時点でのレベルだけを評価するのではなく、その人の志を見極めていくことで可能性を見出していこうと考えました。
実際に、ポートフォリオは無いけれど、テキストでご自身の想いを精一杯伝えてきてくれる人がたくさんいたことに、こんなにたくさん志の高い人たちがいるんだということが視覚化され、私自身もとても勇気づけられました。
今は選考した8人に無償で学ぶ機会を提供させていただいているのですが、できれば8名だけでなく、もっと多くの人に学びや考えるきっかけとなるヒント、インスピレーションを届けていけるような仕組みを考えていきたいと考えています。
1年目は主に国内のみに活動が留まってしまっていましたが、2年目からは海外のプロジェクトとの連動も積極的に行いながら、発信を強めて行きたいと考えています。
――ファッション業界は航空業界よりも二酸化炭素の排出量が多いです。デザイナーの役割をどう考えますか。
中里:デザイン性だけでなく、服づくりが環境に及ぼす負の影響についての知識も必要になります。衣服のデザインだけでなく、それらが社会に広まっていく際に、どのように伝わっていくかも同時に考える必要があります。ソーシャルレスポンシビリティとクリエイティビティをいかに両立するかが問われています。
――どの程度のデザイナーが両立できていますか。
中里:ファッションの歴史を振り返ると、時代と呼応しながらもファッションが人々の意識を変えたり、また変化しようと試みる人を励ましたりしてきたのだと思います。
そういう意味では、過去も現在も、少数かもしれませんが両立しているデザイナーはいると思います。ただ、まだまだ少数ですし、意識することが当たり前となっていってほしいと願っています。
FFPは、そのようなアクションを取るデザイナーが増えていくことを目指し、様々なサポートを考えています。大切なのは、本人のパーソナルな意思や志、哲学から発せられるクリエイティビティを、どのように具現化し、社会に伝えていくことができるのかという視点です。
――「哲学」に落とし込むとはどういうことでしょうか。
中里:何か社会の変化を創り出すというのは、とてもエネルギーのいることです。そして、同時に時間もかかるでしょう。
そのためには、デザイナー本人がどれくらい本気でアクションしていきたいかであったり、そこまでして実現していきたいという必然性が語れるかどうかもとても重要です。
そのためには、デザイナー自身の「哲学」というものが、原動力になっていくと思います。これは、私がファッションを学んだアントワープ王立芸術アカデミーの教えでもあります。
本人のアイデンティティーであったり、パーソナルな部分から生まれる「哲学」というものを、どのように磨いていくのかが重要であると学びました。