【書評】『傷だらけの天使』から『相棒』まで、俳優人生を振り返る:水谷豊・松田美智子著『水谷豊自伝』
22年の長きにわたるシリーズ化で、いまや「国民的ドラマ」と呼ばれるようになった刑事ドラマ『相棒』の主役を務めているのが水谷豊だが、その素顔はあまり知られていない。本書は古希を迎えた水谷本人が半生を振り返るとともに、共演してきた数々の名優にまつわるエピソード、さらには自身の出演作についての思いを率直に語ったものだ。
「果たして本になったところで手に取って楽しんでくれる人はいるのだろうか?」と水谷本人は「あとがき」で述べているが、出色の自伝になっていると言えるだろう。本書は、ノンフィクション作家の松田美智子氏のロングインタビューに答える形でまとめられたものだ。彼女は俳優・松田優作の元妻で、水谷が20代の頃からの旧知の間柄。その気安さから、水谷は自らの半生を飾ることなく真摯(しんし)に打ち明けており興味深い。
水谷の芸歴は古い。1952年北海道の芦別市で4人兄姉の末っ子として生まれ、工事現場で働く父の仕事の関係で東京都立川市に転居後、12歳のときに『劇団ひまわり』に入り、『マグマ大使』で子役デビューしたのが始まりだ。初主演作は手塚治虫原作の『バンパイヤ』(68~69年)。
ところが、「どうもこの世界は違う、芸能は自分が進む道じゃない」と思い、大学受験するも失敗。家出も経験したが、浪人となって仕方なく「アルバイト感覚」で役者稼業を続けていたという。
水谷が松田優作と出会ったのは、優作が『太陽にほえろ!』でジーパン刑事を演じ、水谷が単発でゲスト出演したときだ。ふたりはたちまち意気投合し、親友となる。このとき優作は23歳で水谷が20歳。優作は酒豪だが、酒を飲めない水谷はコーヒーを何杯もおかわりしながら、ときには夜通し語り明かしたという。
「ある日、優作ちゃんが『豊、美味しいコーヒーを淹れてやるよ』と言って出してくれたのが、インスタントコーヒーだったんですよ」「『このミルクと砂糖のバランスがな、大事なんだ。凄く美味いだろ』と聞かれたけど、いやもう『美味しい』と答えるしかないよね(笑)」
本書で水谷は、松田優作(89年没、享年40)が急逝する直前までの二人のやりとりを初めて明かしており、その秘話は切なく、また物悲しい。