『ザ・パターン・シーカー──自閉症がいかに人類の発明を促したか』 if-and-then思考とハイパー・システマイザー
本書の著者は、イギリスの著名な心理学者サイモン・バロン=コーエンである。彼が「パターン・シーカーこそが人類の偉大な発明を導いてきた」と言うとき、その意味するところはふたつある。ひとつは、上で述べたように、偉大な発明家の多くが卓越したパターン・シーカーであること。そしてもうひとつは、ヒトが身につけたパターン探しの能力こそが、ヒトの進化史において偉大な発明を導いてきたということである。
ならば、そのパターン・シーカーという特性はどのようなものだろうか。それは、簡単に言えば、一見しただけでは明らかでない規則性を物事のなかに見出せることである。さらに正確に言えば、「システム化メカニズム」を有していること、とりわけ「if-and-then」という見方で物事を捉えられることだ。
if-and-thenという見方で物事を捉えるというのは、具体的には次のように考えることである。土に種を蒔き(if)、土が湿っていると(and)、種から芽が出る(then)。巨大な重い石があって(if)、それを牛にくくりつけると(and)、石が動く(then)。あるいは、リンゴに支えがなく(if)、重力が存在すれば(and)、リンゴは地球に向かって落下する(then)、といった具合だ。
わたしたちはみな大なり小なりそのような仕方で物事のパターンを捉えている。しかし、わたしたちのなかには、if-and-thenという形式でパターンを捉えることに強い執着があり、その能力に関して飛び抜けた人たちがいる。そのような人たちを、著者は「ハイパー・システマイザー」と呼ぶ。要するに、先の第一の意味において、偉大な発明家の多くはハイパー・システマイザーだというのである。
この点を、本書は何人かの人物を挙げながら例証している。その代表的な例が、トーマス・エジソンだ。彼こそは、失敗を繰り返しながらもif-and-thenパターンを追い求めてやまない、紛うことなきハイパー・システマイザーであった(e.g. 「Xを測って、AをBに代入すれば、Xは増加する。しかし、Xを測って、AをCに代入すれば、Xは減少する」)。「私は失敗したのではなく、うまくいかない1万通りの方法を見つけただけです」という有名な言葉は、彼の飽くなきシステム化マインドを体現するものにほかならない。
では、先の第二の意味についてはどうだろうか。著者によれば、いまからおよそ7万年前、早ければ10万年前に、ヒトの認知能力にふたつの革命的な変化が生じた。ひとつは「共感回路」の獲得であり、もうひとつはシステム化メカニズムの進化である。そして、後者のシステム化メカニズムの進化こそが、それまでにない創造的な発明を可能にしたのである。
道具の発明について見てみよう。アフリカの南端にあるブロンボス洞窟で、いまから約7万5000年前のものと推定されるビーズのセットが発見された。それらはおそらくネックレスとして使用されていたもので、貝のビーズのそれぞれには丁寧に穴が開けられている(図1参照)。また、南アフリカでは、およそ7万1000年前に弓矢が使用されていた証拠が複数発見されている。
図1 7万5000年前の人類初の宝石類(スミソニアン博物館 Human Origins Program)
ネックレスや弓矢はけっして偶発的に出来るわけではない。それらを形にするためには、if-and-then思考が必要だ。「それぞれの貝殻に穴を開けて(if)、その穴に繊維を通せば(and)、ネックレスができる(then)」、「伸縮性のある繊維に矢を取り付けて(if)、繊維の張力を緩めれば(and)、矢が飛ぶ(then)」というように。それゆえ、およそ7万年前までにシステム化の能力を身につけたからこそ、人類はそれまでにない発明を成し遂げられたのだと考えられる。その時期に人類の発明率が転換点を迎えたという事実(図2参照)も、同時期に認知革命が生じたという考えを支持するものであろう。
図2 道具づくりの認知革命(Simon Baron-Cohen)
以上が、発明とシステム化に関する本書の見方である。ところで、著者のバロン=コーエンは自閉症の研究者として世界的に知られている。そして、これまでの著作でそうであったように、バロン=コーエンはハイパー・システム化と自閉症との間に強いつながりを認めている。両者はもちろんイコールではないが、それらには共通の因子があり、一方の特性を持つ人は他方の特性も持つことが多い、というのがその考えである。
それゆえ、バロン=コーエンは、「自閉症が人類の発明を促してきた」とも考えている。そして本書には、(偉大な発明家とまではいかなくとも)そのシステム化能力により非凡な才能を発揮する自閉症の人たちが紹介されている。海面のさざ波のパターンから魚群の場所や規模などを読みとれるジョナに、パターンの観点から円周率を小数点以下22541桁まで空んじられるタメットなど。このあたりの記述も、本書の目の離せない部分であろう。
上で紹介した新規の知見から、「5つの脳のタイプ」のトピックまで、本書はこの著者の総決算的な内容になっている。記述も平易で、本文は250頁ほどであるから、バロン=コーエンを知らなかった人でも気軽に手を出せるだろう。既刊書とともにおすすめしたい。
※図版提供:化学同人
バロン=コーエンは、「共感性に乏しい一方で、システム化能力に長けている」ことを自閉症の大きな特徴のひとつと捉えている。その見解については前著も参照。
自閉症の診断がどのように変わってきたかを追った本。レビューはこちら。