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森本あんり×武田徹 SNS時代に頻発するキャンセルと、失われた寛容
2022-04-12
森本あんり×武田徹 SNS時代に頻発するキャンセルと、失われた寛容

 誰もがパソコンやスマホから発信できる昨今、著名人の過去の問題行動が明るみに出され、社会的に糾弾される事例が国内外で増えている。森本あんり・東京女子大学長と武田徹・専修大教授が、この「キャンセル・カルチャー」の背景について議論した――。
(『中央公論』2022年5月号より抜粋)
森本》ロシアがウクライナに侵攻し、一般市民を攻撃しています。とんでもない暴挙ですが、歴史を振り返ると、その道筋も当然だったようにみえてきます。冷戦が終わり、共産主義圏が崩壊して以降、西側諸国は、自由と民主主義の勝利だと思い込んでいた。ところがロシアは、西側とは全く別のナショナリズムや地政学で動いていたのです。だからウクライナ侵攻を、世界中からどれだけ非難されても動じない。その論理を理解不能と切り捨てるのではなく、彼らがなぜそう考えるのか、問い直す必要があると思います。


武田》その通りです。プーチンはひとりよがりの理屈に凝り固まっているようにみえますが、その論理が出てきた理由を考えなければ対話の糸口がつかめません。そこで改めて考えたいのが寛容の問題です。森本先生の『不寛容論』によれば、寛容の議論には歴史的に複雑な背景がある。ところが世間一般の寛容・不寛容は、イメージ先行の表層的なものでしかない。だから寛容の重要性を普段は口にしていた人が、何か事が起きると一転、極めて不寛容になって相手の理屈を聞こうともしなくなる。

 例えばロシアのウクライナ侵攻後、日本で暮らすロシア人が暴言を吐かれたり、ロシア食品店の看板が破壊されたりしているそうです。日本で暮らすロシア人は、今までは地域の人々ともいい関係を築いていたのだろうと思いますが、有事になると急に主語が大きくなる。個人対個人のつき合いが簡単に手放され、ロシア対西側陣営のような一般名詞で語られて生活の中に対立が持ち込まれる。


森本》ここしばらく、世界は「アイデンティティ政治」(ジェンダー、人種、障害など特定のアイデンティティに基づく集団の利益を代弁する政治)で動いてきました。特にアメリカでは民主党がそれを主導してきた。しかし、結局それは連帯を生みません。自分のアイデンティティを追求するほどコミュニティが狭くなり、分断される。その結果、逆により大きな括りにしかアイデンティティを見出せなくなるのです。孤独な個人と大きな括りの中間にある、互いの顔がみえるくらいの小さなコミュニティの連帯がもっとあるべきだと思います。


武田》アイデンティティ政治というのは本来、「足を踏まれた者が文句を言う」という構図を持っています。そうした弱者、少数者自身が権利回復を目指す「自助」運動が結実することもありますが、力不足でうまくいかないことも多い。そこで支援が必要になってくるわけですが、二通りの方法がある。ひとつが足を踏まれた人に感情移入し、彼らのアイデンティティを代行して共に抗議行動をする「共助」的な方法。もうひとつが市民的な倫理に基づいて権利侵害を防ぐ規制をかけ、侵害された権利の補償を行うよう政治に働きかける、「公助」に期待する方法です。この場合、一方への規制それ自体が権利侵害でもあるので、かなり抑制的なものにならざるをえない。結果的に「お互い少し我慢しましょう」と痛み分け的な解決になる。

 ロシア食品店を攻撃する人はウクライナ人に成り代わって、つまり彼らのアイデンティティを代行しているつもりなのでしょう。しかし今回の場合、自分たちこそ正義の側にいるという思いが伴い、同じ思いを共有する人同士の連帯意識、集団心理も働いて困っている人に寄り添う共助的な領域に留まらずに行動がエスカレートしていった。そして公共的な正義の実現に要求される抑制を超えて、「不正義なロシアに関連するものは何でも叩いてかまわない」と短絡させてしまう。こうした構図は今日の議題となる「キャンセル・カルチャー」にも共通すると思います。


森本》その通りですね。足を踏まれてもいないのに、踏まれた人に便乗して正義を代行する。残念ながら昨今のキャンセル・カルチャーには、そんな暗い楽しみ方を感じます。

 しかし、そもそもキャンセル・カルチャーは、通常の方法では太刀打ちできない強い力を持つ相手に対して「自分の立場はこうだから同意しない」とキャンセルの意向を表明し、静かだけどはっきりと抗議する手段でした。声なき者に残された最後の抵抗だったのです。つまり、社会的に誰かを攻撃するために始まったわけではありせん。

 特に有事となると、人は寛容さを失います。自分に危険が迫っていると感じるほど、ゆとりの度合いが下がり攻撃的になるわけです。


(構成:島田栄昭)



◆森本あんり〔もりもとあんり〕
1956年神奈川県生まれ。国際基督教大学卒業。東京神学大学大学院を経て、プリンストン神学大学院博士課程修了。国際基督教大学教授、同大学副学長を務め、今年4月より現職。著書に『アメリカ的理念の身体』『反知性主義』『宗教国家アメリカのふしぎな論理』『異端の時代』『不寛容論』など。

◆武田徹〔たけだとおる〕
1958年東京都生まれ。国際基督教大学卒業。同大学大学院比較文化研究科修了。ジャーナリスト、評論家。恵泉女学園大学人文学部教授などを経て、2017年より現職。著書に『流行人類学クロニクル』『戦争報道』『原発報道とメディア』『日本ノンフィクション史』『現代日本を読む』など。

ソース元URL:https://news.yahoo.co.jp/articles/48903f621538a7bd2f00507e32b76ff0f8285abf

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