天童荒太さん、初の新聞連載小説 「英雄物語」ではない明治維新描く
◇虐げられた者たちの視点で
「人をあやめたり、民衆を苦しめたりした人々が、テレビドラマや小説では『英雄』として描かれる。そのことに、中高生の頃からずっと納得のいかない思いがありました」。天童さんはそう振り返り、「もし自分が時代小説を書くなら、虐げられた者たちの視点で、時代に翻弄(ほんろう)されながらも協力し合って生きてきた人々の姿を描きたかった」と本作への思いを語る。
物語は、幕末の四国・松山から始まる。お遍路宿で育てられたヒスイと救吉の姉弟と、侍の少年、辰之進。戦と恋の中で成長していく3人の姿を軸に、不安定な時代を懸命に生き抜く人々の姿を描く。
「『英雄』に焦点を当てて語ると、その人たちが全てを動かしたかのような錯覚が生まれてしまう」と天童さんは指摘する。「それは、名作とされてきたドラマや小説の、功罪の『罪』の部分だと思うんです」。明治維新では多くの農民が兵士として戦場に駆り出されたが、「結局、歴史の表舞台で描かれるのは『英雄』たちだけ。私たちは、ものすごくいびつな歴史の見方をしてきたのではないでしょうか」。
本作にも坂本龍馬ら歴史上の著名人が登場するが、物語の主軸を占めることはない。「『英雄』を追いかけていくと、その他の人々を点でしか描けません。でも『英雄』こそ、点でいいのでは。たとえば、龍馬が脱藩してきた場面が作中にあれば、その後に彼が何をしたかは多くの人が知っています。それより、彼を助けた人たちの人生を追いかけたい」と力を込める。
◇現代と重なる時代
死者を悼みながら旅する青年を描いた「悼む人」、児童養護施設で育った子どもたちを主人公とした「永遠の仔(こ)」、東日本大震災後に福島県沖で遺品回収に従事する男性の物語「ムーンナイト・ダイバー」――。現代社会に生きる人々の孤独や傷に寄り添う作品を紡いできた天童さんにとって、本作は初の本格的な時代小説だ。
歴史には以前から関心があったが、特にこの10年の社会の混迷を見ていて、近代日本の歩みを見つめ直す必要を感じたという。「行き当たりばったりの政治にもかかわらず、国としては平和に保たれている。それを支えてきたものが何なのかを見極めたかった」と語る。
「政界も財界も短期的な利益にしか目を向けず、対症療法で目の前のことだけをなんとかしようとしている。でも振り返ってみると、明治維新の頃からこの国はずっとそうだったのではないかという気がするんです」
明治維新によって成立した近代日本を、天童さんは「崇高な志や信念のもとに作られたわけではなく、『そうせざるを得なかった』の連続の中で、なんとなく形になったもの」と表現する。「それをなんとか支えてきたのが農民であり町民。明治維新は漠然と良いイメージで語られてきましたが、調べれば調べるほど、現代に重なる部分が多いと感じました」
◇人の一生はお遍路のようなもの
本作の主要な舞台の一つとなるお遍路宿の名は「さぎのや」。幕末・明治と現代とで時代は異なるが、天童さんの小説「巡礼の家」(2019年)にも登場した宿だ。
天童さんは、人生を巡礼にたとえる。「自分や親しい人たちの幸せを願いながら旅をして、疲れたり、苦しくなったりしたら誰かに助けてもらう。そして、またその人の幸せを祈りながら旅を続ける。人の一生がお遍路のようなものだと思うんです」
初の新聞小説について、「毎回、字数という枠がきっちり決まっていて、はみ出すことが許されない。書いてみたら、それがすごく面白い」と手応えを語る。「今日の分はここまで。続きは明日。表現者としてその仕掛けをどう使うか、創作欲を刺激されます」。新聞小説は、日々の挿画も楽しみの一つ。本連載では、イラストレーターの高杉千明さんの挿画が連載を彩る。
「先の見えない混沌(こんとん)とした時代という点で、現代は作中の時代と重なります」と天童さんはいう。「その中で互いに助け合い、戦ではなく平和を求めて懸命に踏ん張る登場人物たちの姿を通じて、読者も希望に向かって一歩を踏み出す勇気を得てもらえれば。そして何より、物語として面白いと感じてもらえる作品にしたいと考えています」
◇てんどう・あらた
1960年、愛媛県生まれ。映画の原作、脚本などを手掛けた後、96年に「家族狩り」で山本周五郎賞。2009年、「悼む人」で直木賞。13年、「歓喜の仔」で毎日出版文化賞。