竜王戦第1局で藤井聡太竜王を喜ばせた広瀬章人八段の最強手、「鷹揚流」支える妻のエール
角換わりの戦型となった本局は、初日の封じ手あたりから広瀬八段がペースをつかみ、2日目はリードを具体的な手順として示していけるか。控室で佐藤康光九段、島朗九段、松尾歩八段らがうなりながら検討していた。
攻めか、受けか。中盤の難所で広瀬八段は▲8七玉(第1図)という「顔面受け」の手を指した。8八の地点にいた「玉」自ら、相手の主力である角に頭突きするような強気の手だ。将棋用語で「攻め駒を責める」と表現されることもある。
控室の検討では、▲8七玉に代えて、7三の地点にある馬を活用する▲5一馬(変化図)が本命と見られていた。筋のいい本格派の居飛車党である松尾八段は「後手陣の『玉飛接近』をとがめる棋理にかなった▲5一馬は有力だと思います」と説明した。ただ、この手を選ぶと激しい斬り合いが予想される。広瀬八段は藤井竜王の圧倒的な終盤力を封じ込めようと、別の構想を描いていた。
じっくり45分考え、広瀬八段は▲8七玉と指した。その手を見た藤井竜王は前傾姿勢になり、扇子を高速で開閉させた。読みにない好手を指された時に出る癖だ。藤井竜王は形勢が表情や姿勢、しぐさに出る素直な棋士だ。思えば、昨年の竜王戦第2局・仁和寺対局では、瀬川大秀門跡に、後ろ姿で「優勢」と判断されていた藤井竜王。「形勢が出てしまうのは直せなくて」と笑っていた。
藤井竜王は完全に手を止めた。佐藤九段は「すぐに指さないなあ。角を引く一手なのに」とおどけた。指したくても指せないのだ。読み進めると、後手がダメになる変化が次から次へと出てくる。1時間を超す長考で△5三角としたが、広瀬八段は間髪入れず▲6四金と追撃する。△4四角▲4六歩△3六銀と進んだ局面(第2図)は、広瀬八段の描いた理想通りに事が運んだ。