人間国宝・中川衛の精緻な仕事を堪能する。パナソニック汐留美術館で見るひとりの金工作家の制作と伝承
衛 美しき金工とデザイン」がパナソニック汐留美術館で始まった。
中川は1947年石川県金沢市生まれ。金沢美術工芸大学産業美術学科で工業デザインを専攻し同校を卒業後、大阪の松下電工(現・パナソニック)に入社し、美容家電製品などのプロダクトデザインに携わる。27歳で帰郷し、石川県工業試験場に勤務していた頃には石川県立美術館で行われていた鐙(あぶみ)の展覧会を観たことがきっかけで、加賀象嵌(かがぞうがん)に魅了され、彫金家の高橋介州に入門し工業試験場に通いながら修業を重ねていった。
2004年には金工の技術継承に尽力した功績により、重要無形文化財「彫金」保持者(人間国宝)に認定。また今日まで、母校の金沢美術工芸大学をはじめ、後進の育成に尽力するいっぽう、積極的に海外研修を行うなど国際的な視野で活動を展開している。
本展は、そんな中川の仕事を3章に分けて紹介。松下電工時代をはじめとする、工業デザイナーとしての仕事を紹介する第1章「工業デザインの精神」、加賀象嵌の仕事を中心に紹介する第2章「象嵌のわざと美」、中川に学んだ次世代の金工作家作品や海外での仕事を紹介する第3章「国境と世代とジャンルを超えて」といった構成だ。
中川が追求する「象嵌」とは、金属の表面を鏨で彫り、できたわずか1mm程度非常に薄い溝に異なる金属を嵌めこんで模様をつくり出す技法。とくに、複数の異なる金属の層を組み合わせて意匠を構成する、難易度が高いとされる「重ね象嵌」で高く評価されている。
例えば、本展のハイライト作品のひとつで、同タイトルの類作がメトロポリタン美術館に収蔵されている《象嵌朧銀花器「NY. 7:00
o’clock」》(2022)は、ニューヨークの高層ビル群をモチーフに線象嵌で表現したもの。ビルの窓に映った重層的なビルを表現するためには、厚さ1.5mmの金属板を嵌めこんで磨いた後、次第に1.2mm、1mm、0.6mm、0.4mmの金属板を重ねて嵌めこみ、精緻につくりあげられている。
中川の制作は、海外で見かけた風景と自身の記憶の組み合わせによって紡ぎ出された抽象文様と、日常生活にヒントを得た立体のフォルムが特徴づけられる。例えば、《象嵌朧銀花器「北杜の朝」》(2016)は作家がスウェーデンで目にした景色をスケッチし、その様子を異なる種類の金属の重ね象嵌により悠々と表現したものであり、その膨れているようなフォルムは餃子から着想を得たという。
また、大英博物館のキュレーターに「象嵌でチェック柄を表現してはどうか」と勧められたことをきっかけにつくられ、日本の伝統模様である市松を掛け合わせた《象嵌朧銀花器「チェックと市松」》(2010)も、器のかたちが空港までのバスのなかで思いついたキャラメル箱に由来するという。
冒頭でも紹介したように、本展の最終章では中川に学んだ金工作家11名の作品をはじめ、現代美術家・舘鼻則孝との共作や、中川が海外で触れた象嵌の写真資料などが展示。若き頃の作品から教えた作家の作品まで幅広く網羅された本展について中川は、「自分のやってきた人生のような感じを受けている」としつつ、次のような期待を寄せている。
「この展覧会は私だけの人生を記念するようなものだけでなく、伝統工芸とはどんなものかを理解していただき、少しでもそれを継承していく人が増えればいいなというものになれば」。