千田嘉博のお城探偵 城の歴史を楽しく活かす 岐阜県・大垣城
こうした活用の前提として、今ある城の社会的障壁を解消し、誰もが支障なく城から歴史を体感できるように努めることはいうまでもない。城を訪ねる楽しさを健常者だけのものにしてはいけない。
城の魅力をまちづくりに生かしている例として、今回は岐阜県大垣市を紹介したい。大垣市は東海と畿内とを結ぶ位置にあり、しばしば歴史の転換点の舞台になった。たとえば1600(慶長5)年の関ケ原の戦いでは、いわゆる西軍方の石田三成たちが大垣城に入り、尾張への進出を狙う拠点にした。
しかし西軍の織田秀信の岐阜城が陥落し、徳川家康が極秘裏に江戸城から出陣して大垣城を越えて西に進む作戦をとったため、三成たちは急ぎ大垣城を出て関ケ原での決戦を選んだ。その結果、西軍は敗退し、敵中に孤立した大垣城は、厳しい籠城戦を余儀なくされた。
このとき大垣城に籠城した人の中に、若い女性の「おあむ」さんがいた。おあむさんは天守で鉄砲の玉を鋳造し、敵の首を清めてお歯黒を塗る作業に従事した。そして彼女とその家族は、落城間近の大垣城の堀を「たらい」に乗って脱出し、命をつないだ。その様子は『おあむ物語』として今に伝えられ、籠城の実像を考える貴重な記録になっている。
大垣市ではおあむさんをまちづくりに活用した取り組みを行っている。そのひとつが観光協会が制作したオリジナルアニメ「おあむ物語 その夏、わたしが知ったこと」である。このアニメは現代の少女が、かつて大垣城の堀であった川で戦国時代の鉄砲玉を拾うことから現代と戦国時代が交差する。アニメを通じて大垣市の歴史と魅力が分かりやすく紹介される。観光協会のHPやYouTubeで視聴できて、若い世代の共感も得やすい。
そして『おあむ物語』のおあむさんは、大垣市のマスコットキャラクター「おあむちゃん」にもなっている。大垣市が松尾芭蕉の『奥の細道』結びの地であることにちなんだ松尾芭蕉のキャラクター「おがっきぃ」とともに大活躍している。
11月6日は大垣市の中心市街地の道路を歩行者天国にして開催した「シン・ハツラツ市」の中で、FM GIFUが中心になって「山田五郎と中川翔子の『リミックスZ』」の公開収録を行った。その番組で筆者(千田)はゲストとして大垣城の意義やおあむさんのお話しをさせていただいた。
このように大垣市ではソフトの力によって、城下町の歴史をうまく生かし、魅力あるまちづくりを推進している。そして例年4月末から5月初めには、おあむさんが大垣城を脱出した「たらい舟」も体験できる。ぜひ来年は大垣市を訪ねて、城の堀をたらい舟から体感したいと思う。(城郭考古学者)
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大垣城 天文4(1535)年、宮川安定による創建と伝わる。関ケ原の戦いでは、西軍の本拠地となった。寛永12(1635)年、戸田氏鉄が10万石の大垣藩主として入城し、明治まで戸田氏が11代にわたって城主を務めた。昭和11(1936)年に国宝に指定されたが、戦災で焼失。34(1959)年に天守が再建された。