世界はなぜ韓国のアートマーケットに注目するのか?
PLUS」にあわせて、350以上のギャラリーがソウルに集結し、大盛況を博した。
フリーズは売上高を非公表としているが、KIAF
SEOULは昨年、5日間にわたる会期において650億ウォン(約5480万ドル)という前年の2倍以上で過去最高の売上を記録しており、今年は規模の拡大やフリーズのブースター効果によりさらなる上昇が予想されている。
この3つのアートフェアと同時期に、ソウル市内のギャラリーや美術機関では様々な展覧会やイベントが開催。その一部への取材を通し、韓国の現代アートマーケットの実態を紐解きたい。
オープンで情熱を持つコレクターたち
2016年にソウルに進出した最初のメガギャラリーのひとつであるペロタンは、8月27日にソウル・江南地区のエルメスやルイ・ヴィトンなどの旗艦店と隣接する高級ショッピング街に2番目の展示スペース「ペロタン島山(トサン)公園」をオープン。2階建ての新しいスペースでは、アメリカ人アーティスト、エマ・ウェブスターの個展「ILLUMINARIUM」を10月1日まで開催している。
ギャラリー・オーナーのエマニュエル・ペロタンは「美術手帖」に対し、「韓国は非常に活発な市場であり、音楽、映画などの文化的な面でも非常に印象的だ」としつつ、次のように話している。
「韓国のコレクターは早い時期から海外アーティストの作品を収集しており、国際市場に対しては非常にオープンだ。この5年間、単色画などのムーブメントは国際的に新しい評価を受け、韓国国内のマーケットにも良い影響を与えた。税制的な要因もあるが、現代美術についてもっと知りたい、情熱を持ちたいというようなコレクターがたくさんいるので、いまのようなブームになっている」。
昨年ソウルの展示スペースを拡大し、今年はさらに体験型や没入型の作品に特化した展示スペースを新たにオープンしたペース・ギャラリー・ソウルでは、フリーズの開幕にあわせてチームラボとルーマニア出身のアーティスト、エイドリアン・ゲニーの個展をスタートさせた。今年5月のクリスティーズ香港でその絵画作品《Pie
Fight Interior
12》が8106万香港ドル(約1040万米ドル)で落札され、個人のオークション記録を更新したゲニーは、本展で一連のドローイング作品を発表した。
同ギャラリーの社長兼最高経営責任者であるマーク・グリムシャーは、韓国人コレクターの特徴について次のように述べている。
「彼らはアメリカやヨーロッパのコレクターと同じように活躍している。驚くほど洗練されていて、情報にも精通している。自分たちが何をやっているのかわかっていて、とても素晴らしい。中国のような新興コレクターの集まりではないし、日本のように、かつて隆盛を極め、その後一時休止したようなコレクターでもない。おそらく1970年代以降、もっとも巨大なコレクタークラスターのひとつになっているだろう」。
日本が遅れをとる理由
なおペースは東京でも展示スペースを開設するという噂がある。その予定についてグリムシャーに尋ねると、「僕もその予定を聞いたよ」と冗談めかして次のように話した。
「日本の人々は韓国で起こっていることを注意深く見ていると思う。日本で韓国と同じようなことが起きていないのが信じられない。日本には、国際的なビジネスを機能させるための多くの官僚的な妨害がある。前政権時代、とくに河野太郎氏はこの壁を打ち破ろうと懸命に努力していたし、私たちも、日本のアート界がもっと友好的な状況になるように、様々な人たちと話し合い、議論してきた。これは、私たちが日本へ行き、日本でスペースを開くという話ではないが、日本に行きたがらない人はいないだろう」。
グリムシャーによると、日本に展覧会を持ち込む際に10パーセントの消費税を事前に支払う必要があり、作品が売れなかった場合はその返金が1年以上かかる。また税金だけでなく、作品輸入の際の煩雑な事務手続きも海外のギャラリーを尻込みさせてしまうという。
「それは、ディールキラー(致命的な問題点)だ。ピカソの展覧会を東京でやろうと思ったら、1000万ドルを税金の口座に保管しなければならない。また、日本で支社を設立するのも非常に複雑だし、日本法人を立ち上げるには何年もかかる。そのあたりをどうにかしないといけない」。
自国アーティストにも焦点を
いっぽう、オークションハウスはどうだろう。クリスティーズは、今年5月に香港のスプリングセールにあわせて開催したフランシス・ベーコンと前述のエイドリアン・ゲニーの二人展「Flesh
and Soul:
Bacon/Ghenie」をソウルで巡回開催(会期は9月3日~5日)。この非売展では、ふたりによる4億4000万ドル相当の作品16点を展示している。
クリスティーズのアジア・パシフィック副会長兼インターナショナル・ディレクターであるエレイン・ホルトは、「今年、韓国の顧客による取引額は(前年比で)235パーセント増となっている。私たちにとって韓国のマーケットは、韓国美術だけでなく、西洋美術の分野でも非常に強くなってきている」と語る。
いっぽう、本展を共催した香港のプライベート・インスティチューション「HomeArt」の創設者であるロザリン・ウォンは、「韓国のコレクターは西洋美術を収集しているが、同時に自国作家の作品収集にも力を入れている」と強調しつつ、次のように述べている。「私がクリスティーズで働いているわけではないが、韓国のアーティストを世界に紹介するうえで、クリスティーズは最前線にあると言える。私が韓国のアーティストを知ったのも、何年も前にクリスティーズ香港で開催された展覧会を見に行ったときだった」。
それでは、クリスティーズ韓国の実績を見てみよう。1995年に設立されたクリスティーズの韓国支社は、世界中のクリスティーズのオークションを通じて韓国美術の紹介に尽力してきた。2019年11月のクリスティーズ香港では、金煥基の抽象画《(05-IV-71
#200
(Universe)》(1971)が1億195万香港ドル(約1300万ドル)で落札され、韓国人アーティストとしては初めてオークションで1000万ドルの落札額を突破した。
クリスティーズのアジア・パシフィック社長であるフランシス・ベリンは、「韓国のアートマーケットのエコシステムにおいては様々なプレイヤーがそれぞれの役割を果たしている。我々も今後の韓国のアートマーケットの発展に貢献したい」と意気込みつつ、今後のマーケットのさらなる成長について楽観的な見方を示している。「(韓国のマーケットを発展させるための)素材も技術も揃っている。それはアートだけでなく、(韓国の)文化的なソフトパワーもアジアや世界全体に影響を及ぼしているからだ」。
地元ギャラリーからは慎重な声も
国際的なアートフェアやギャラリー、オークションハウスの韓国への進出がそのマーケットを盛り上げるいっぽうで、韓国国内のアート業界のプレイヤーたちにとっては危機感がないわけではない。
クジェ・ギャラリーのデピュティ・ディレクターであるクォン・ジョルヒは、「(こうした状況は)韓国のアートシーンやアートマーケットをさらに活性化させているが、それがある程度持続可能であることを願うばかりだ」と述べている。
「韓国のギャラリーが競争に勝ち残るためには、地元のアーティストを起用し、さらにステップアップする必要がある。そのために、私たちはフリーズで韓国とソウルの地域性を表現できるような韓国人アーティストを展示している。フリーズ・ソウルがフリーズのフランチャイズにならないようにしたい」。
クォンによると、クジェ・ギャラリーは今年、イ・ヒジュンという若いアーティストを取り扱い始め、5月の「アート釜山」で紹介した際は5分で完売したという。また、故リー・サンジオなど物故作家の取り扱いも積極的に行っている。「それは私たちが大きなギャラリーと肩を並べることができる最善の方法であり、唯一の方法だ」。
フリーズ・ソウルの開催や国際的ギャラリーの進出により大きく脚光を浴びている韓国のアートシーン。洗練された地元のコレクターやギャラリー、BTS(防弾少年団)など現代アートシーンを後押しする絶大な人気を誇るK-POPグループが存在するものの、インフラの面では英語が通じないことや、タクシーの手配の難しさなどの問題も実感した。
クォンが話したように、今後はいかにより持続可能なアートフェアやアートシーンにし、また、アジア随一のアートハブとして成長させるのか、引き続き注視していきたい。