【書評】グローバル・ティーを楽しむ:田中哲著『もっとおいしい紅茶を飲みたい人へ』
半世紀近く紅茶の研究、実務に携わってきた日本人専門家による入門&教養書。地球上でコーヒーより飲まれている紅茶の奥深い世界に誘い、飲み方のコツも伝授している。写真が多く、初心者から愛好家まで目でも楽しめるティーブックだ。
「紅茶」(英語でBlack Tea)は、生(なま)の茶葉に含まれる酸化酵素の働きで完全に発酵させた全発酵茶に分類される。「緑茶」は摘まれた生葉をすぐに蒸気や釜炒りで加熱して酸化酵素を失活させた不発酵茶。「烏龍(ウーロン)茶」は発酵を少なめに調整した半発酵茶と呼ばれる。
緑茶、烏龍茶、紅茶とも発酵度合いが違うだけで、植物学上は同じ茶樹からつくられる。学名は「カメリア・シネンシス」(Camellia sinensis)。ツバキ科の常緑樹だ。温帯性で灌木(かんぼく)の「中国種」と、熱帯性で喬木(きょうぼく)の「アッサム種」の2種がある。アッサム種は葉も大きい。
本書によると、茶全体の生産量は中国が世界一でインドは第2位だが、紅茶に限ればインドが中国を凌(しの)ぐ。2020年の世界の茶全体の生産量は約627万トンで、このうち紅茶が最も多く、55%を占めている。紅茶は世界中で「水に次いでたくさん飲まれている」のだ。同年の紅茶生産ランキングはインド、ケニア、中国、トルコ、スリランカ、インドネシアなどの順になっている。
著者、田中哲(たなか・さとし)氏は1978年に東京大学農学部を卒業後、「日東紅茶」で知られる三井農林に入社。研究開発、原料購買、海外生産地での交渉などを経験、2012年に執行役員に就任した。17年に日本紅茶協会常務理事、現在は名誉顧問で、紅茶鑑定士の資格も持つ。紅茶のエキスパートだけに、本書の記述は分かりやすい。巻末の「紅茶を巡る旅」と題した一連のエッセーも含蓄がある。
本書は紅茶を巡るさまざまな“謎”を解いている。例えば、なぜ「紅茶といえばイギリス」が有名なのかとの設問には「イギリスがインド、セイロン、ケニアなどの植民地で紅茶産地開拓と生産をすすめ、世界に広げてきた歴史がある」と解説。さらに次のように補足している。
「19~20世紀のイギリス王室にとって、お茶の輸入による税収は国の重要な財源であり、国内財政資金として鉄道や道路建設にあてられたうえ、地球上で大英帝国の領土拡大のための戦費としても必要であったといわれています。」
「アフタヌーンティー」に象徴される英国の喫茶文化はヴィクトリア朝時代(1837-1901年)に始まり、紅茶はやがて「国民飲料」となった。英国は20世紀、“紅茶の帝国”でもあった。紅茶産業は英国経済を支え、世界規模の取引はロンドンの茶市場が牛耳った。
評者は1998年6月、ロンドンの紅茶&コーヒー博物館(The Bramah Museum of Tea & Coffee)を訪ねたことがある。大英帝国の紅茶の歴史に関する展示に加え、中国茶、インド茶、そして日本の茶文化のコーナーもあった。
「日本人の参観者も多い」と、エドワード・ブラマー(Edward Bramah)館長は話していた。同博物館はその後、閉館となり、ブラマー氏も2008年に76歳で他界した。しかし、ロンドンは紅茶世界の中心地であることに変わりはない。著者自身も1994年以来、ビジネスで「数多く訪れることになった」と本書で述懐している。