今年「もっとも可能性を感じた」書籍。代官山 蔦屋書店コンシェルジュが選ぶ〈2022年の一冊〉
本稿では、代官山 蔦屋書店のコンシェルジュである岡田基生が、混迷極まる2022年を振り返ったうえで「これしかない」という一冊を紹介。社会の試行錯誤の中で生まれたこれまでは少し違ったアプローチの地道な「革新」に迫る。退屈な年末年始や、仕事はじめのおともにどうぞ。
「カルチュラル・コンピテンシー」という言葉をご存知でしょうか。私が今年のビジネス書籍で最も可能性を感じた、ビジネスと文化の領域を横断するキーワードです。その基本的な定義は「利益追求だけにとらわれることなく、各地域に根ざした文化的バックグラウンドに目を向け、それをケアしながら働く経済サイクルを創る能力」です。
本書は、このキーワードを手がかりに、持続可能な経済のサイクルを生み出すヒントを探る一冊です。経済にサステナビリティが求められる背景には、現在の日本の危機的な状況があります。
高度経済成長という坂道を登り切った日本は、2000年代後半以降、人口減少社会に入りました。それでもなお、多くの企業の考え方は、1970年代の「生産性に焦点を絞った利益追求型」から変わっていません。このモデルはもはや時代にフィットせず、組織も個人も疲弊していくばかりです。
これは大きな経済の問題ですが、私たちの働き方や報酬に関わる身近な問題でもあります。今は安泰だという人でも、自分の関わる事業がいつ業績不振に陥るかわからない不安から逃れられません。
そのため、持続可能な経済が必要であり、それを実現するための能力が「カルチュラル・コンピテンシー」なのです。
そしてカルチュラル・コンピテンシーのもう一つの重要な側面が「人や土地が持つバックグラウウンド」を前提としながら、先に説明した持続的な経済を求める姿勢です。例えば、欧米の先進的とされる制度や考え方をそのまま日本で導入しようとしても、うまく機能せず、かえって軋轢が生まれてしまうなんてことはよくある話です。自分たちの組織、サービスを受ける人たち、協業する人たち、それぞれの組織や土地に根付く文化を深く理解し、それを活かしながら経済のサイクルを創り出す力が求められるのです。
この能力によって、どんな経済の仕組みが生まれていくのでしょうか。本書では、日本各地の先進的な事例が紹介されています。例えば「絹産業」という地場産業のレガシーを継承しながら、資源問題と環境問題の解決の糸口になる「蜘蛛の糸」の人工合成に成功した山形県鶴岡市のSpiber株式会社。地元住民やスモールビジネス事業者を巻き込んだ地域密着型の店舗への転換を進めている無印良品を展開する株式会社良品計画などです。
さらに、台湾のデジタル担当政務委員であるオードリー・タンさんをはじめとする有識者による論考や、公共政策、芸術、法律、あるいは文化人類学の専門家との対談も収録されており、この能力がどんな問題の解決に役立つのか、多角的に示されています。
ところで、企業で働く人はどんな場面で「カルチュラル・コンピテンシー」を身に着け、活かすことができるでしょうか。この能力は、起業家や新規事業担当者といった「新しく生み出す人」だけのものではありません。
例えば普段のサービスを磨き上げる場面でも、サービスを受ける側の文化背景を考えることは、お互いを代替不可能なものとして支え合う仕組みを作り出し、より強固な関係性を生むことにつながります。
また、自分たちの文化背景や置かれている状況を見つめ直すことで、自分たちの足元や周囲に根付いている世界観やストーリーを再発見することができます。例えば、土地の気候条件や土壌の特徴、作り手の技術が合わさって、固有の個性をもったワインが生まれます。それと同じように、自分たちに固有の文化的な背景を活かすことで、画一的ではない、独自の味わいのあるサービスが仕上がるのです。
サービスを提供する側も提供される側も、楽しみながら事業に関わり、地域の文化を豊かにしていく。そんな経済圏を作る羅針盤となる一冊です。
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岡田基生(おかだ・もとき)
代官山 蔦屋書店 人文コンシェルジュ。修士(哲学)
1992年生まれ、神奈川県出身。ドイツ留学を経て、上智大学大学院哲学研究科博士前期課程修了。IT企業、同店デザインフロア担当を経て、現職。哲学、デザイン、ワークスタイルなどの領域を行き来して「リベラルアーツが活きる生活」を提案。寄稿に「物語を作り、物語を生きる」(『共創のためのコラボレーション』東京大学 共生のための国際哲学研究センター)など。
Twitter: @_motoki_okada