ケリー・ヒル建築の30年の軌跡をたどる一冊。
アマンリゾートを筆頭に数々のホテルを設計したアジアリゾート建築の第一人者、ケリー・ヒル。シンガポールに設立した〈ケリー・ヒル・アーキテクツ〉(KHA)は、日本の〈アマン東京〉〈アマン京都〉ほか、世界各国のプロジェクトを手がけてきた。『ケリー・ヒル建築全集』は、KHAによる建築物を一挙掲載した作品集だ。彼は、2018年に75歳の生涯を閉じたが、KHAに浸透したデザイン原則や確立された設計手法を掘り下げ、ひも解く一冊になっている。
「どのプロジェクトも、まず中心にアイデアがある」とヒルは言う。KHAでは、設計開発の初期のアイデア提案のプロセスを重視し、若手からベテランまでが対等に議論し、検証を行う。作品集に収められた青鉛筆のアイデアスケッチは、最終的な平面図と非常に似ており、初期段階で徹底的にアイデアが磨き抜かれていることを示す。こうしてヒルの設計哲学が共有され、発展していった。
さらにKHAは、異国、異文化での仕事により、地域の在来工法や地元素材、その地の景観を巧みに取り入れることを強みとした。
〈アマン ニューデリー〉は、インド建築の透かし彫りを再解釈し、〈ザ・チェディ チェンマイ〉は、タイの伝統的な家屋から引用した木工のディテールを採用。装飾性を省きながらローカリティを追求し、静謐さと地域特有の帰属感を演出している。
また、建設地の環境を尊重した設計手法にも注目したい。〈アマン京都〉や〈ザ・リッツ・カールトン・モルディブ〉は、プレハブ工法により、建築パーツを製作してから搬入することで工事を最小限に抑え、環境への負荷を削減。京都では、庭園の苔が傷つかないよう、工事車両が撤収するまで苔を外すという徹底ぶりだ。いかにして国際的に重要なプロジェクトに柔軟に対応してきたか、その手腕が見て取れる。
本書には実現に至らなかった計画や進行中のプロジェクトも収録。脈々と受け継がれるケリー・ヒル建築のDNAを体感できる一冊だ。
ケリー・ヒル・アーキテクツが1989~2021年に手がけたリゾート建築のほか、個人宅、公共施設などの建築物を豊富な写真や図面、スケッチとともに掲載。全440ページ。グラフィック社/9,900円。