「教えて太宰、どうしてあなたは死にたいの?」─いま、米国の若者が太宰治を愛読している理由
最初に聞こえてくるのは不気味な機械音だ。それから、意味ありげで不吉な声がこう言う。「教えて太宰、どうしてあなたは死にたいの?」
「逆に聞くけど」と別の声が真面目に言う。「生きる……と僕たちが呼んでいる行為に、本当に価値なんてあるんだろうか」。そしてビートが鳴りはじめ、歪んだ叫び声が聞こえてくる──。
TikTokには、この催眠術のようなセリフと音楽(曲はラッパーのMag.Loによるもの)を用いた動画が7500件近く投稿されている。同じセリフを別の音源と組み合わせたものも含めれば、その数はもっと多い。
叫び声の後、これらの動画にはしばしば太宰治の小説『人間失格』の表紙やページが登場する。『人間失格』は1948年に日本で出版された、自堕落な生活のなかで抱く疎外感と、自殺を描いたモダニズムの名作だ。1958年には、米国でもドナルド・キーンによる英訳が出版されている。
こうした動画には、おそらくはとても若い人たちによるコメントが、山のようについている。『人間失格』を絶賛し、世界観が変わったと熱狂的に語るコメントもあれば、興奮気味に「お母さんがこの本を買ってきてくれたら、すぐに読む!」というコメントもある。
戦後の日本文学には大いに興味があるが、TikTokやアニメ、漫画に関する知識がほとんどない筆者のような人間にとって(こういう人は他にもいると確信している)、この組み合わせは危ないとまでは言わないが、不可解ではある。
『人間失格』が与えるのは、社会とは「個々人が場当たり的に争い続ける場所であり、そこでは目先の勝利がすべてなのだ」というホッブズ的啓示だ。そんな小説に臆面もなく共感するというのは、どういうことなのだろうか。
太宰の作品は米国でも常に入手可能ではあったが、その文学的・哲学的後継者である三島由紀夫の陰に隠れ、長らくあまり注目されてこなかった。
それなのに、なぜいまになって、彼の小説が大手書店チェーン「バーンズ・アンド・ノーブル」の目立つ場所に陳列されているのか?
なぜいまになって、老舗独立系出版社の「ニュー・ダイレクションズ」が、太宰の新訳を出版したり、既存の英訳を復刊したりしているのか?