この春、イサム・ノグチの《天国》に現れるケリス・ウィン・エヴァンスのアート。
ケリス・ウィン・エヴァンスは1958年、イギリス・ウェールズ出身の現代アーティスト。ネオン、音、鏡、光などを素材に古今東西の文学・哲学・映画から天文学や物理学に至るまで、幅広い分野からの独自の引用による作品を制作している。日本でも〈ポーラ美術館〉で恒久設置作品を見ることができる。
今回の個展は丹下健三設計の〈草月会館〉1階にイサム・ノグチが設えた石庭《天国》で開催される。水が流れる空間が階段で結ばれ、光に導かれて高みに向かって上っていくような場だ。
エヴァンスはこの《天国》に光の柱による作品と松の木を配置する。光の柱はゆっくりと明滅し、石庭の「音色」を浮かび上がらせるのだと作者は言う。松の木は能舞台の設えにならったもの。能が表現する幽玄の時間を思わせる。
そこに自動演奏作品《Composition for 37 flutes》(2018年)が奏でる不思議な音が加わる。37本のクリスタルガラス製のフルートとコンプレッサーで構成され、アルゴリズムに基づいて自動でフルートに空気を送り込む仕掛けだ。能の囃子方の笛のように、和音と不協和音が交差する。
石庭の最上段に配される大型のネオン作品《F=O=U=N=T=A=I=N》はマルセル・プルースト『失われた時を求めて』第四編「ソドムとゴモラ」をもとにした作品だ。和訳は吉川一義氏によるもの。あるテキストを異なる言語に翻訳するということは、その物語がもともと入っていた器を別の器に移し替えることであり、新たな器と物語との間に余白が生じることがある。その余白をどう扱うか、そこに訳者の個性が現れる。プルーストのフランス語を吉川が日本語に翻訳したそのテキストを、エヴァンスはさらにネオンという発光物質に翻訳する。一部が門のように開かれて鑑賞者を招き入れる、物語の壁だ。
エヴァンスの作品は彼が引用するプルーストなどの文学だけでなく、丹下やノグチの空間も“翻訳”し、新たな物語を生み出す。コンセプトや物語が多層的に積み重なって、さまざまに読むことができる展覧会だ。
〈草月会館〉1F 石庭「天国」東京都港区赤坂7-2-21。2023年4月1日~29日。10時~17時。日曜休。特別協賛:ロエベ財団。※なお、4月1日~28日には〈タカ・イシイギャラリー〉(complex665)でも個展が行われる予定。