【古典俳諧への招待】清滝(きよたき)の水くませてやところてん ― 芭蕉
俳句は、複数の作者が集まって作る連歌・俳諧から派生したものだ。参加者へのあいさつの気持ちを込めて、季節の話題を詠み込んだ「発句(ほっく)」が独立して、17文字の定型詩となった。世界一短い詩・俳句の魅力に迫るべく、1年間にわたってそのオリジンである古典俳諧から、日本の季節感、日本人の原風景を読み解いていく。第35回の季題は「ところてん」。
清滝(きよたき)の水くませてやところてん 芭蕉
(1694年作、『泊船集』所収)
1694(元禄7)年の夏、芭蕉は京都西部・嵯峨野にあった落柿舎(らくししゃ)に滞在しました。近くに住む若い武士の俳人、野明(やめい)を訪ねた際、ところてんを振る舞ってもらったのでしょう。ところてんは海藻(かいそう)のテングサから煮出した寒天質(かんてんしつ)を冷やし固めて専用の道具で細い棒状に突き出した食材です。酢醤油(すじょうゆ)をかけ、ひんやりとした食感を楽しみます。夏の暑気払いにはうってつけです。
「清滝」は、嵯峨野から峠一つ越えた所の「清滝川」です。そこから水をくんで来てところてんを作るなんて実際にはありそうにない話ですが、そう思えるほどに冷たくておいしいというのです。芭蕉は空想まじりの誇張表現によって野明への感謝を示しました。
「清滝」はその名からして清涼感がありますが、西行法師の歌によって知られた歌枕でもありました。『新古今和歌集』の「ふりつみし高嶺(たかね)のみゆきとけにけり清滝川の水の白浪(しらなみ)」(高い峰に降り積もった深い雪が融(と)けたのだ、この清滝川の水の白浪の激しさは)の歌です。芭蕉の「清滝の水」には、「西行が、雪融けの白浪が立つと詠んだ、あの清滝川の水」のイメージが込められ、野明もそれを理解していたに違いありません。西行歌の力強い表現を身近な食べ物に結びつけたところが俳諧です。芭蕉の手にかかって、何とまあ冷涼清冽(せいれつ)なところてんが出現したことでしょうか。
深沢 眞二
日本古典文学研究者。連歌俳諧や芭蕉を主な研究対象としている。1960年、山梨県甲府市生まれ。京都大学大学院文学部博士課程単位取得退学。博士(文学)。元・和光大学表現学部教授。著書に『風雅と笑い 芭蕉叢考』(清文堂出版、2004年)、『旅する俳諧師 芭蕉叢考 二』(同、2015年)、『連句の教室 ことばを付けて遊ぶ』(平凡社、2013年)、『芭蕉のあそび』(岩波書店、2022年)など。深沢了子氏との共著に『芭蕉・蕪村 春夏秋冬を詠む 春夏編・秋冬編』(三弥井書店、2016年)、『宗因先生こんにちは:夫婦で「宗因千句」注釈(上)』(和泉書院、2019年)など。