同じ距離に置くコト。すぐそばにあるモノ。それを待つヒト(々)。松井茂評「野口里佳 不思議な力」展
作品リストから数え上げれば、今回の展覧会には50点の出品があり、2022年の作品が7点(インスタレーション、ドローイング各1点を含む)、2021年が4点、2020年の映像作品が1点、2019年が9点(映像1点を含む)、2017年が3点、2016年が2点(映像1点を含む)、2015年の映像作品が1点、2014年が16点で、これに加えて、1997/2011年の《フジヤマ》1点、1995年の《潜る人》6点という内訳だ。
僕にとって野口里佳という作家は、自分がアートに接するようになった時期に活躍し始めた存在であり、何度となく見てきた(はずだ)。作品への興味とともに、自分自身の芸術体験の中核でその営為は振幅し続けている。それなのに見てきた「はずだ」と確認するように書くのは、極めて言葉で記憶しにくい作品群(展覧会)という印象があるからだ。イメージの体験を言語化して記憶しようとするナンセンスは、僕の習性かもしれないが、言葉で捉えられない展示は他者と共有し難くもある。「心地よいカーディガンを着ているような」、というのもヘンな言い方だが、体温の心地良さと着心地の区別がつかない身体感覚なのだ。充実した体験を、はっきりしたイメージを結ぶようには語れない。多くの野口里佳論に気持ちを惹かれながら、それらの言葉もまた展覧会の体験から外れてしまう印象が強い。実際には野口の作品はそこに屹立し、作家自身の言葉は即物的で、茫洋としたところはどこにもないにもかかわらず。
今回の展覧会について、僕は自ら評を書きたいと思ったのだが、2014年以降の作品を中心とした本展を見ているうちに、これまでと何かが変わった気がしたのだ。作家も、観客である僕も、社会も。
2020年に野口本人と話す機会を得たことも大きかったかも知れない(*1)。それは、札幌文化芸術交流センター(SCARTS)が公共スペースでの上映を前提にプロデュースした、4面のプロジェクションによる映像作品《虫・木の葉・鳥の声》に接したときだ(本展では3面のバージョンで展示)。沖縄の虫たちと木々のイメージの接写、森の存在感を暗示させる鳥の声を取り込んだ大胆な作品に、札幌の地下通路で衝撃を受けた。野口が、「最近の自分の課題としては、写真や映像によって何かを出現させたい」と話していたことも印象的だった。
「不思議な力」という本展タイトルは、2014年に《不思議な力》と《父のアルバム》が初めて出品された、Gallery
916での同名展にもとづいている(*2)。まずはいくつかの「不思議な力」について。
本展に先がけて発売された写真集『父のアルバム』(赤々舎、2022年8月刊行)によれば、2013年に野口の父が亡くなるのだが、その数年前、1992年に亡くなった母を撮った写真のネガはないかと尋ね、1冊のファイルを受け取ったという。野口は、両親の新婚旅行(1970)から日付順にプリントを始め、自身が小学校を卒業する(1984)まで、その手を止めることができなかったという。過去に父の視線がとらえた瞬間をプリントする、現在の行為を通じて感じた幸福感から、写真とは何かを問い返したという。写真がもたらす時間を超越する幸福感、それがまず第1の「不思議な力」だ。
次の「不思議な力」は、新作インスタレーション《台所宇宙》(2022)に象徴されるような、身近に存在する力を、父が遺したカメラ、オリンパス・ペンFで撮影するシリーズとしての《不思議な力》だ。ちなみに今回出品されている《夜の星へ(コンタクトプリント)》(2014)も、同じカメラで撮影されているという(《夜の星へ》は、雑誌『SWITCH』の特集が契機で撮影された)。
オリンパス・ペンFというカメラの視線と作者の関係性が「不思議な力」を出現させているようでもある。
野口と札幌で対話した際、「私はフィルムカメラでもいろいろなカメラを使うんですけれど、いつも、『このカメラが持っている能力は、もっといろいろあるんじゃないか』と考えてしまうんですよね。カメラの欠点を伸ばしてあげたいとか、まだ使われていない能力を発見してあげたい」と話していたことを改めて思い返す。
今回展示されている《クマンバチ》(と、おそらく《さかなとへび》)は、改造した胃カメラで撮影。シングルチャンネル版の《夜の星へ》(2015)は、EOS 5D
Mark
IIIで撮影されている。前者は、小さなものを撮るのに適していることにもとづき、後者は、デジタルカメラにできることはと考えた結果が、初の映像作品につながったという。
《父のアルバム》の登場は、野口の作品を考えるうえで、観客に大きな転機を示唆している気がする。こうした考え方が新しいということではないのだが、野口は自ら撮った写真でなく、現像した写真を作品とした。そして父のカメラを使い、その眼差しを追う。いや父の眼差しではなく、カメラの眼差しかもしれない。
ふたつの《夜の星へ》を見ているうちに気がつくことは、たしかに作者が撮ったものだが、ここに写る/映るイメージはカメラの内部で起こる現象であるだろう。被写体と作者の関係よりも、カメラと作者の関係が気になりはじめるのだ。《夜の星へ》では、被写体とオリンパス・ペンF、EOS
5D Mark
IIIと野口の関係を同じ距離に置くコトが問われているのではないだろうか? 《父のアルバム》では、ネガの現像を通じて被写体である自身とオリンパス・ペンFと父の関係が問い直されている。そして、オリンパス・ペンFを使うことで、野口と父は同じ場所に立つ。
野口は2004年のインタビューでこんなことを言っていた。
私は写真を撮り始めたときから、写真っていうものが、「風景」「ポートレイト」「静物」みたいにジャンル分けできてしまうというところが、まずつまらなかったんですね。そういうジャンルに収まらないものがあるんじゃないかと思って、そこで作品をつくり始めた。そういう意味で「風景」とか「ポートレイト」という形でくくられるのは変な感じがしますね。(*3)
風景というのは悪い言葉ではないと思うんですが、それならもっと大きい風景というか、人も家族もすべて風景って呼べると思うんですね。だからなんとなく「風景」とか「ポートレイト」というくくり方というのは変な感じがします。(*同上)
この発言はいまもって物議を醸すことだろう。しかし今回の展示を見て、この発言が約20年越しで腑に落ちてきた。たしかに野口は、「風景」「ポートレイト」「静物」を撮っていないのだ。カメラを介して物事の距離を測っているのだから。被写体がジャンルを決めてしまうことに異論があって当然だ。そして野口は、自身のシリーズの距離を展覧会で体験させているのではないだろうか。《父のアルバム》と《不思議な力》は同じ距離らしく、《クマンバチ》と《さかなとへび》も、《海底》と《きゅうり》も同じ距離にあるらしい。そのような作者と出来事、作者と事物との関係項が提起されている。そして、初期に測った同質性の距離は遠大であったが、いまはすぐそばに見出されるモノへとその関心の向きが変化しているのではないか。
《父のアルバム》と《不思議な力》を同じ距離に置くコト。それはいずれも野口のすぐそばにあるモノだ。それぞれのイメージは、見る者に見えない部分に潜む関係を指し示す。
このことは映像作品である《虫・木の葉・鳥の声》でより顕著となるだろう。イメージとして映し出される虫や木の葉のクローズアップは、その微細な運動をとらえているが、そこに聴かれる鳥の声をはじめとする森のさざめきは、画面の外からもたらされる。作者は出来事を待っていると同時に、見えない部分の世界を音でとらえようとしているだろう(本展の4点のうちサウンドがあるのは最近作の2点)。この作品に接するとき、私たちは作者と同じように、見て、聴いて、待つヒトになるのだ。この作品においても、主題は体験としての距離であり、被写体そのものではない。
他方で野口は、「風景」「ポートレイト」「静物」への異議申し立てとして(というのもオーバーだが)、虫を主題としている気もする。「リボーンアート・フェスティバル2019」で映像作品《アオムシ》と《クマンバチ》を制作した経緯を次のように話している。
鮎川って、ものすごく虫が多くて、いろんな虫にいっぱい刺されたんです。蚊とかダニとか、最後はヒルにまでかまれて……。だから撮影のために虫よけスプレーをたくさん使ったり、長靴をはいたり、長靴とズボンの間にガムテープを貼ったり。でもいろいろと虫対策をやっているうちに、虫を避けていてはいけないんじゃないかという気持ちになって、こんなに虫がいるならば、虫と向き合おう、虫の作品をつくろうと思って、アオムシの映像作品をつくったんです。(*4)
石巻市の風景ではなく、カメラでとらえるには小さすぎる存在である「虫」と向き合うのだ。生活空間で排除してきた虫と対峙するのだ。マルチスピーシーズ人類学が言うところの「人間以上(more-than-human)」を引くまでもないのだが、野口はカメラという、イメージにかかわる光学装置を使うことで、こうした関係性を図ってきたのではないか。被写体でジャンルを決める人間中心主義的な考え方に対して、無差別的な関係を、即物的な志向の極みとして、同じ距離に置いてみせるのだ。
おそらく野口が虫を撮影し発表した早い事例は、2009年に国立新美術館で開催された「光 松本陽子/野口里佳」展で、このときに《虫と光》という作品があった。野口は、「光ということをずっと考えていたときに「お、いたっ!」という感じで、ベルリンの自宅のカーテンにとまるガガンボを撮影したのだという(*5)。この作品では、野口の主要な主題として語られてきた「光」、つまり写真以前の絵画からステンドグラスにさかのぼるようなアート・ヒストリーのそれ(と強調されてきた「光」)が、現代の人間中心主義によって排除される「虫」と等距離に配置されていた。この写真は、人間はどこにいるのかを逆照射していたのだろう。イメージを媒介に、作者も観客も再配置されて、意識の変容が求められている。作者が何か神託を得ているということではない。カメラという装置が、作者にも観客にも、人間中心のイメージを離脱させる測量機器として、即物的な機能を発揮しつつあるのではないか? 僕はそんなことを考えていた。
本展はシンプルで素っ気ない展示だ。しかし僕にしては珍しく、何度か展示を見に行き、長時間を過ごした。長時間過ごす人もいれば、イメージをなぞって足早に通り過ぎていく人もいた。先に引用したインタビューで野口はこんなことも言っていた。「100人に1人くらいは私の作品を必要とする人がいるって信じて、作品をつくっています。(中略。[展覧会は])不特定多数のより多くの人に対してつくっていかなくてもよい。展覧会って会期がかぎられているから、見られなかったら一生見られないわけです。そのときにその場所に行かないと確実に見られないわけですけど、私はそこに運命を感じるんですよね」(*6)。
*1──https://www.sapporo-community-plaza.jp/crosstalk_vol11.html
*2──http://www.gallery916.com/exhibition/rikanoguchi/
*3──「野口里佳 展覧会を訪れた人には「その場所にしかない『空気』を体験して欲しい」」『太陽レクチャーブック002 フォトグラファーの仕事』平凡社、2004年7月、84頁。
*4──https://www.sapporo-community-plaza.jp/crosstalk_vol11.html
*5──「INTERVIEW 国立新美術館「光 松本陽子/野口里佳」展 絵画と写真、それぞれの可能性を見比べる」『PHOTOGRAPHICA vol.17
2009 Winter』2009年12月、98頁。
*6──「野口里佳 展覧会を訪れた人には「その場所にしかない『空気』を体験して欲しい」」『太陽レクチャーブック002 フォトグラファーの仕事』平凡社、2004年7月、85頁。