フェミニズム・アートの現在。嶋田美子とMultiple Spiritsが語る、歴史の主流に消されたものから学ぶことの重要さ
――嶋田美子さんの個展「おまえが決めるな!」がじつに21年ぶりの開催、しかも中ピ連(中絶禁止法に反対しピル解禁を要求する女性解放連合)がテーマとあって、これはぜひ取材をしたいと思いました。そこで、嶋田さんが取り組んでこられたフェミニズム・アートや、表現規制の問題、アーカイヴといったテーマについて、同じように問題意識を持ちながら独自の方法で活動しているアーティストと一緒にお話をできたらと思い、今回はMultiple Spirits(マルスピ)の遠藤麻衣さんと丸山美佳さんにお越しいただきました。
マルスピのおふたりが関わっている「紙魚プロジェクト」も、いま(取材:4月21日)神保町のPARAで「月を読む:遠近のアーカイブ」という展覧会を開催していて、こちらも面白かったです。丸山さんと嶋田さんはもともとお知り合いだったようですね。
丸山 初めてお会いしたのは2019年ですね。
嶋田 オーストリアのウィーンで開かれた展覧会「ジャパン・アンリミテッド」に、ブブ・ド・ラ・マドレーヌ&嶋田美子の作品が出品されて(そこでウィーン在住の)丸山さんと知り合いました。私が会場でレクチャーをしたときに非常に的確な質問をしていただいたり、その後ディナーも一緒に行きました。
この展覧会はもともと日本とオーストリア両国の友好150周年事業だったから、ディナーには在オーストリア大使館の文化担当の人もいて、とても良い会でした。でも私が次の日に東京に帰ったあと、日本大使館がこの展覧会に対して事業の認定を取り消した、ということがあって。私や会田誠さん、Chim↑Pomなども参加していて、その作品の内容について匿名の人々や日本の国会議員が外務省に問い合わせしていたことが報道されました。
丸山 その直前に「あいちトリエンナーレ2019」で企画展「表現の不自由展・その後」が問題視されたこともあり、それが波及した状況が続いていましたね。
――「表現の不自由展」や検閲の問題については、嶋田さんが展覧会とほぼ同時に刊行された新刊『おまえが決めるな!東大で留学生が学ぶ《反=道徳》フェミニズム講義』(白順社)でも論じられていますね。また、紙魚プロジェクトが展覧会で発売した遠藤さんの書籍『Scraps of Defending Reanimated Marilyn』も、表現の自由や規制に関わる内容です。
こうしたはなしにはまたあとで触れるとして、まずは嶋田さんの今回の展覧会についてお聞きできますか? 中ピ連は1972年に設立された団体ですが、なぜ今回テーマにしたのでしょう。
嶋田 私は小さい頃に中ピ連をテレビで見て、ピンクのヘルメットで活動している姿などをかっこいいなと思っていたんです。ただ大人になってからフェミニズムの歴史を見ると、中ピ連については書かれていないか、書かれていても悪口ばかり。まったく評価されていません。でも調べてみると、彼女たちはとても重要なことを言っていた。当時はウーマンリブの時代でしたが、性と生殖に関する女性の「自己決定権」を明確に権利だと主張していたのは彼女たちだけなんです。ほかのフェミニストたちはピル解禁について、副作用や薬害を気にしたり、青い芝の会などによる障害者運動との衝突があったりして、「権利」と明確に言うのを躊躇していた。
今回出した本は東大で留学生向けに日本のフェミニズムについて教えたゼミをまとめたものですが、この授業で学生にいちばん受けるのが中ピ連なんですよ。それ以前のフェミニストたちも真面目に重要な活動をしてるんですけど、あまり外向けのアピールがなくて、内向きなんですよね。いっぽう中ピ連はマスコミを積極的に利用していたし、代表の榎美沙子さんは真面目一方ではなく、裏でペロリと舌を出すようなトリックスターみたいなところがある。彼女は医師会の会合に着物を着て行くんです。そうすると奥様っぽいから入れてもらえちゃう。そういうパフォーマティヴなところがあった。国政進出を図って立ち上げた日本女性党は、タツノオトシゴ(オスが稚魚を出産することで知られる)をマスコットにするとかすごい面白いのに、当時からバカみたいだと超バッシングされていた。榎さんはいまでは行方知れずだけど、また表舞台に出てきてほしいです。お目にかかりたい。
それで、この本の表紙にも使った写真は、2~3年前にアニー・ジェール・クワンというシンガポールのキュレーターが南房総にあるうちのアトリエに遊びに来ていたときに撮影したものです。コロナの感染拡大によって彼女が帰国できなくなっちゃったので2週間くらい一緒に過ごし、中ピ連の話をするなかで「中ピ連になってみよう」と。これうちの隣のデッキで撮ったんですけど。
遠藤・丸山 アニーさんだったんだ。すごくいい!
嶋田 この写真を大田さん(オオタファインアーツの大田秀則)に見せたらなぜかすごい気に入って。同年代だから彼も中ピ連を知ってたんですね。それでほかの作品も準備して、コロナもだいぶ落ち着いた今年、展覧会を開きました。
――おふたりは中ピ連についてどういうイメージを持っていましたか?
遠藤 私は4、5歳の時にテレビのワイドショーとかで見た記憶があって。中ピ連を通してピルっていう言葉を子供の頃から知れたことって大きかったなと思いました。
丸山 麻衣ちゃんと違って、フェミニズムの思想や本で少し触れたことがある程度で、子供の頃の記憶はまったくありませんでした。嶋田さんと話したときに、中ピ連ってこんな面白い人たちだったんだと知りました。
――今回嶋田さんは絵画も描かれていますが、これらは中ピ連の有名なイメージですか?
嶋田 そうですね。有名な写真をもとに少しイメージを変えたりしています。でも彼女たちは雑誌にもたくさん出ていたはずですが、残っている写真はあまり多くなくて。
絵画を発表するのはほぼ初めてで、みなさん驚かれるのですが、 絵画のフィジカリティとその矛盾を孕む寓意的な表現が今回は表現方法として最適だと思いました。写真で綺麗に仕上げるのはなんか違うなーと。
そういえば1973年にオノ・ヨーコが出した「女性上位万歳」という曲は、中ピ連に捧げる歌でした。オノ・ヨーコもずっとバッシングされてきて、いまやアート界では神様みたいになってるけど、こんなにも扱いが変わるんだって思いますね。草間彌生だってそうだけど。 草間もオノ・ヨーコもいいんだから、榎美沙子もいいじゃないですか。