強豪を次々破った「進撃の匠」、そびえ立つ「1組の壁」稲葉八段に再び挑む
アマチュア、女流、新四段。竜王戦は、どこからでも将棋界の最高位をうかがうチャンスがある棋戦ゆえに、若手棋士が本戦を勝ち上がっていくと「竜王ドリーム」が近づいたと言われる。伊藤六段は今期の本戦1回戦で出口若武六段(6組優勝)を破ると、大石直嗣七段(4組優勝)、前期挑戦者の広瀬章人八段(1組5位)、丸山忠久九段(1組4位)と実力者を次々と打ち破った。待ち構える稲葉八段は「伊藤六段はトップ棋士の広瀬八段に圧勝していました。無駄のない、洗練された指し回しは鮮烈でした」と話した。
伊藤六段は棋界随一と評判の序盤研究をもとに作戦を組み立て、中終盤はしっかり読みを入れて手堅い指し手を選ぶ棋風だ。そんな伊藤六段は今期の本戦で、驚きの戦術を用意していた。準々決勝の丸山九段戦。相手が得意とする角換わりを後手番で受けて立つと、自身が昨年11月に棋王戦で指した藤井聡太竜王との対局をなぞっていった。丸山九段は伊藤六段の玉を寄せようと、終盤の入り口で前例から手を代え指したが、伊藤六段は「どこ吹く風」といった涼しげな表情で考慮を続けていた。
第1図は丸山九段の▲3五歩に対し、後手の伊藤六段が43分の熟考で△1六竜と指した局面だ。純粋に入玉を狙っている。丸山九段は「急所がわからなかった」と感想戦で嘆いた。局後に「持将棋を視野に入れていました」と明かした伊藤六段。第1図の局面で、互いの玉に寄りがないことを何となく知っていたのだ。丸山九段は強引に寄せに出たものの、リスクが大きすぎた。一瞬の隙をつき、先手玉を寄せきった伊藤六段。相手を術中に入れていた。