「多様な経験が糧」清張賞の千葉ともこさん、公務員退職し専業作家に
幼い頃からの物書き志望。就職氷河期で希望の分野に求人がなく、「小説を書く上でも社会人経験がほしい」「できれば時間管理のしやすい仕事を」との考えから2002年に入庁した。ほぼ同時期に小説教室にも通い始め、昼休みには駐車場の車の中で、おにぎりを片手に執筆。「時間を砂金のように集めて作品を書いていた」
「いろいろな部署を経験したい」と希望し、人事や福祉、労働政策などを担当してきた。労働政策課時代の08年にはリーマン・ショックが発生。派遣切りにあった人たちの相談に乗るため、年末年始も窓口に立った。「今日帰る家も食べるものもない」。そんな切実な相談に、行政サービスの案内をするしかできない無力感に打ちひしがれた。11年の東日本大震災では、揺れの中でも「市町村が頼るのはここしかない」と電話の前から離れなかった上司の姿に衝撃を受けた。さまざまな経験を積みながら、小説教室通いは絶やさなかったという。
20年に「震雷(しんらい)の人」で第27回松本清張賞を受賞。ほぼ同じタイミングで兼業作家であることを公表した。「公務員の兼業をよく思わない人がいるのでは」と、苦情に自ら対応するつもりだったが、届いたのは温かいエールばかり。「県庁を直接訪ねてくださった人もいた。応援の声が届くのはすごくうれしかった」と振り返る。
県職員としての仕事は裁量が大きく、やりがいもあった。しかし、次第に「長く同じ場所にいると、気づかないうちに考えが偏っていくのでは」と思い始めた。創作で足かせとなる可能性を感じ、仕事の区切りが付いたタイミングで退職を決めた。
千葉さんは執筆作業について、「書いている時は自分が神様なので、つい都合良く書きたくなる時もある」と話す。一方で、県職員としての仕事で、「現実では一人一人が違う悩みを抱えて生きている」ことを実感したという。「経験してきた挫折、非力さは実直に描けるはず。誰もが満足する作品は書けなくても、自分にとってうそのないものを書いていきたい」