美村里江のミゴコロ うなぎドライブ
その後、人工エサに慣れてくれず、拒食期間でスリムになってしまったのだが、食べ始めるまでの数カ月を余裕で過ごした。魚類は1カ月ほど絶食しても大丈夫な個体も多いが、その中でも大変タフな魚である。「土用の丑の日」は平賀源内の作ったキャッチコピーという説を知っていても、やはり精のつく食材に違いないと感じる。
80センチはなかなか釣れないサイズで、釣ってすぐペットにすると決定したが、その後も50センチほどのうなぎを何匹か釣った。あるとき、自宅水槽の重しを載せたフタを持ち上げ脱出。床でお亡くなりになっていたので、即刻素人さばきで開いて適当に串を打ち、グリルでかば焼きに。でたらめな手順、目分量のタレでも十分おいしく、うなぎの底力を感じる出来事だった。
さて、趣味の渓流釣りのこともあり、夫婦でうなぎ屋の多いエリアに行くことが多く、いくつかお気に入りのお店がある。そのうちの一店は深い山の中なのに、休日に3時間かけて海釣りへも遠征するご主人がいらっしゃる。その恩恵にあずかって、高級魚のアラのお刺身などをサービスでいただいてしまい、お客さんが途切れてからは釣り談議に花が咲いた。
その店の近くへ釣りに行くことになり、「家のうなぎ2匹をプレゼントしよう」と相談。貴重な天然うなぎだし、喜んでいただけるかも…。そんな考えで準備した。まず、海水から汽水に慣らし、淡水のクーラーボックスへ(塩分濃度変化への適応の早さも、他の魚をしのぐうなぎのすごさだ)。あまり活発だと粘液で水がだめになるため、板氷も入れて仮眠してもらう。
さて結果はというと、ちょうどご主人から天然うなぎの大変な実情をお聞きする流れとなり、お渡しできなかった。プロの世界に身を置く方に、アマチュアが差し出がましいことをしてはいけない…。ご主人の志を仰ぎ見る思いでそのまま連れて帰り、彼らは釣り上げた海域に注ぐ川へ。700キロ以上の道のりを無駄にドライブさせてしまい、うなぎにも申し訳なかった。
しかし、当の2匹は1週間のクーラーボックス生活を物ともせず、元気に川へ泳ぎ出し見えなくなった。