無言の抵抗としてのアート。ローレン・サイが語る作品制作
そんなローレンの絵をフィーチャーし、様々なアーティストやクリエイターとタッグを組んだスマホケースなどのライフスタイルプロダクトで知られるブランド「CASETiFY(ケースティファイ)」とのコラボレーションシリーズが4月20日に発売され、特別展示「歪んだファンタジーの世界」(~5月8日)が渋谷PARCOにあるCASETiFY
STUDiOで行われている。
今回のコラボレーションにおけるメイン作品《Hunger》では、穏やかな色調が使われているが、よく見ると悲しげな動物やロボット、エイリアンのような生き物が描かれていることがわかる。華やかなモデル活動と同時に、彼女はSNSで、「自分のダークサイド」を示すようなスケッチやドローイングを公開することも憚らない。
彼女は、しばしば孤独を感じるとし、アートは「物事に対処する私の方法」であり、「私の反抗手段で、『私は大丈夫じゃない』と人に見せるためのもの」であり、「私の望むものを表現する方法」だと語る。
CASETiFYとのコラボレーションを機に、ローレンにその作品制作について話を聞いた。孤独を感じる若きクリエイターの刺激になればと願う。
自分の心と向き合うための手段としての絵画
──ローレンさんの作品には、ティム・バートンやギレルモ・デル・トロ、伊藤潤二などの作品からの影響が見られますね。普段はどこからインスピレーションを得ているのでしょうか?
ローレン・サイ(以下、ローレン)
私は映画から多くのインスピレーションを得ています。幼いころに見たアニメーションのなかには、何度も見返してしまうものがたくさんあります。私の心の奥底にあるものを刺激し、そのストーリーを考え続けています。
ニコ・マレというアニメーターがいるのですが、私が11歳のときに彼がハワイに来て、映画のキャラクターデザインについて講演してくれました。彼は『ヒックとドラゴン』や『カンフー・パンダ』で活躍した方で、その仕事は本当に素晴らしいです。もうひとり、『コープスブライド』のキャラクターデザインを担当したカルロス・グランゲルからも刺激を受けています。キャラクターをつくり、その内面を表現できるような彼らの仕事にとても感動しました。それ以来、キャラクターデザインは私の夢になりました。
──ドローイングやデジタル、アクリル絵具など様々な手段で作品を制作していると思いますが、どのように使い分けていますか?
ローレン
モノの大きさにもよると思います。私は作品のスケールをもっと押し出したいので、大きな作品のときは絵具で描いています。でもスケッチブックも好きですね。何かとても親密な雰囲気がありますから。私は物心ついたときからスケッチブックと一緒に旅をしてきました。ボールペンで描くのも好きで、毎日スケッチしています。
──どのようなものをスケッチしていますか?
ローレン
心に思ったことを描くだけです。自動描画のように、何も考えないうちにかたちを描いてしまうというものです。そして、言語について考えていない脳の部分に働きかけます。私はこのような方法で絵を描くのが大好きで、どんな作品になるかをコントロールすることを放棄し、意識の流れのようなものに任すことができます。私のスケッチブックの多くはそれで満たされています。
子供の頃、悲しいことがあるとよく絵を描いていました。11歳は私にとってとても辛い年だったんですね。そのときから、本当によく絵を描くようになりました。以降、悲しいことがあると、絵を描きたくなる。私の絵の多くは、人生のなかで何かが起こったとき──例えば、別れのとき、新しいことを始めるときに、孤独を感じることから生まれています。
──あなたにとって描くこととは何ですか?
ローレン
決して離れることのない友達です。私がつくることのできる世界であり、つねに戻ることのできる世界です。私は、捨てられた物のような、外側にあるものを描くのが好きです。若い頃はとても恥ずかしがり屋で、いまでも言葉を発するのが苦手なのですが、絵を描くことは私にとってなんでも言える手段でした。それが、私が私であることを完全に感じられる唯一のものです。
──絵で伝えたいものとは?
ローレン
私の場合、孤独感や死の感覚を表現することが多いです。こんなことはネット上ではあまり話しませんし、したこともないと思います。私は長いあいだ、精神衛生上の問題を抱えていました。だから、私にとってアートは、そういったことを表現するための手段であり、健全なかたちで物事に対処する私の方法だったのです。
──モデル、女優、イラストレーターの領域を横断して活躍されるのには大変なときもあるかと思いますが、どのようにバランスをとっているのですか?
ローレン
色々なことを経験したかったんです。「なんでこんなことやってるんだろう」と思うときもありますが、私は何かを感じ、好奇心や生きている実感を追い求めたい。たった一度の人生だから勇敢に生きたい。だから、自分でもよくそう思っているし、色々なことを発信しているのです。
自分を変え脱皮しようとする方法としての絵画
──今回CASETiFYとのコラボレーションについてお話したいと思います。メイン作品のタイトルは《Hunger》というものですが、なぜそのタイトルにしたのでしょうか?
ローレン
この絵は、2021年に私がとても悲しい状況にいたときにつくったものです。ロサンゼルスに居場所がなく、家を出て、友達のゲストルームに住んでいた頃です。正直、自分が何のために生きているのかわからず、とても孤独でした。だから、ただ世界から見守られている人を描きたかったのです。
私は、人生から解離し、周りで起こっているすべてのことから切り離されているキャラクターをつくりたかったのです。私のキャラクターに名前はなく、決して現実には存在しない人物のような感覚です。日記のように描いていますが、たまに特定の人物もいます。その人のことを考えると、ある動物を思い浮かべるようなことがあって、彼/彼女を動物として描いたりもします。その人たちが誰なのかは私だけの秘密ですが(笑)。
──画面中央の少女・アストリッドは、あなた自身の投影でもありますよね。
ローレン
いつも聞かれるのですが、私は「違う」と答えています。でも、自己投影しないようにするのは難しいですね。彼女は20歳からずっと描き続けてきたキャラクターだから、彼女が生きる世界をつくり上げ、映画など何かで表現したりすることが、私の夢です。
いまの世界では孤独が大きな問題となっていて、人々は断絶を感じています。私だけが経験したことかもしれませんが、生きていることを実感する機会が減り、一定の道を歩まなければならないというプレッシャーがあるように感じています。だから、どこにも属さないような場所にいる人たちを描いた映画をつくりたいのです。
先ほど申し上げたとおり、私は11歳と14歳のときに本当に辛いことがあり、それ以来、物事から逃げることを止められませんでした。人に知られること、人に見られることが怖くて、ただただファンタジーのなかで生きているような感覚がほしかったのです。大学へ行かずに日本へ渡ったり、日本でのキャリアがうまくいっていたときに事務所を辞めてロサンゼルスへ渡ったりするなど、当時は多くの人が納得しないようなことをやり続けました。
でも昔から変わらないのは、絵を描き続けているということです。そこで新しいことを探求し続け、自分を追い込み、自分のダークサイドのようなものを人々に見せたいのです。
──多くの人にとって、アートをつくるのはセラピーのようなものでもありますね。
ローレン
それは、自分の思い出を集めたり、振り返ったりすることでもあります。絵を描くことがなかったら、ほかのこともできないと思います。一日のうちで紙とペンを持ってひとりになる時間があれば、それで十分です。
いまの世の中には、「自分は決して十分ではない」と感じるようなプレッシャーがあると思います。でも、一番安いペンで紙に向かうと、ひとつの世界がつくれる。
日本でモデルとして働いた頃、悲しいときや怒ったときも自分のなかのその感情を溜め込んでいました。アートは、そんな私の反抗手段であり、「私は大丈夫じゃない」と人に見せるためのものでした。
私はあまり感情を表に出さない静かな人間なのですが、物事に対する怒りはあるし、それを無視したくはない。将来、勇気を出して言葉にできるようなことが起きればいいのですが、いまは、アートが私の望むものを表現する方法なのです。
──今回のコラボレーションを通して発信したいメッセージなどはありますか?
ローレン
私はただ共有し続けたい。それがメッセージになればいいと思っています。私が共有したものが、「あなたは何も悪くない」と人々に伝えるものになってほしい。「自分が隠そうとしている面をほかの人に見てもらってもいいんだよ」や、「自分が悪いと思っている部分は、ほかの人がわかってくれるよ」のようなことですね。
人をつなげ、勇気を与える芸術的実践
──先ほど映画をつくりたいとおっしゃっていたのですが、今後のアートプロジェクトについて伺いたいです。
ローレン
短編アニメのようなものをつくっています。また、ストップモーションアニメも研究しています。つまり、実際に物理的な人形をつくるようなものですね。ずっとやりたいと思っていたことなので、いまはそれに没頭しています。将来的には、台本のないテレビシリーズなどの開発や、本のような物語をつくることにも取り組んでいます。
──ローレンさんのInstagramを拝見して、本当に様々なことに取り組んでいますね。制作スタイルも数年前と比べてかなり変わってきました。
ローレン
だいぶ変わってきました。描けば描くほど変わっていくけど、自分のやりたいことに近づいているように思います。そして、夢はたくさんあって、どれだけ世界を構築できるか、どれだけインタラクティブにできるか、できれば人と人をつなげたり、そこからコミュニティをつくったりしたいですね。私はただ、自分を追い込み続けたいのです。隠れることなく、自分を見せ続けたい。そして、他の人たちも「自分を隠さなくてもいいんだ」と思ってくれたらいいですね。