「本との接点を」 紀伊国屋書店が挑む店舗倍増計画 狙いと勝算
◇大学生の半数が「読書0分」
「何とかしないといけない、という使命感があります」
紀伊国屋書店の藤則幸男副社長(64)は「書籍との接点がないと、日本人はさらに本を読まなくなる」と、書店の減少が読書離れを助長する状況を危惧する。
日本出版インフラセンターの調べによると、全国の書店数は03年度の2万880店舗から、21年度には1万1959店舗に減少している。22年6月には東京都心の文教堂赤坂店(東京都港区)が再開発のため閉店し、赤坂駅周辺の書店が消えるという衝撃的なニュースもあった。また、出版科学研究所によると紙の出版物の推定売り上げは、1996年の2兆6564億円をピークに下落傾向にあり、21年には半分以下の1兆2080億円に減少した。
そんな中、紀伊国屋書店は27年の創業100周年に向けた事業として、現在68ある国内の店舗を100店に拡大するという。
こうした取り組みの背景には、若い世代の国語力が低下していることへの危機感もある。経済協力開発機構(OECD)が18年に行った世界各国の15歳を対象にした学力到達度調査「PISA」で、日本は数学・科学分野は上位を維持したが、読解力の分野は前回(15年)の6位(当時の加盟35カ国)から11位(同37カ国)に順位を落としている。
さらに、家庭の蔵書数と学力の相関関係も近年明らかになってきた。文部科学省が全国の小学6年と中学3年を対象に毎年実施している全国学力・学習状況調査では、蔵書数が多い児童生徒ほど、各教科の平均正答率が高い傾向がみられた。21年の小学生の国語で、正答率が最も高かったのは蔵書数が201~500冊の児童で71・5%。最も低かったのは0~10冊で53・8%。その差は17・7ポイントに上った。
大学生の2人に1人は、「読書をしない」という調査結果もある。全国大学生活協同組合連合会が21年、大学生を対象に行った「学生生活実態調査」で、1日の読書時間(電子書籍も含む)が「0分」と答えた学生は50・5%を占め、前年から3・3ポイント増加した。
藤則さんは「本を読むには時間がかかり、周りの音を遮断して想像力を膨らませる必要がある。ある意味で苦行です。そういう作業に若い人がついてこられていない」と考えている。「もっと楽しいことや、聞けばすぐに答えが出るものを求めているのではないか」と分析し、「このままでは日本の学力がどんどん落ちてしまう」と懸念する。
◇負のスパイラル打開したい
書店関係者の集まりで、藤則さんは「今度店を閉めることにした」という話をよく耳にするという。「本を売る書店がないと、出版社から良い本が出てこなくなる。本が売れないと、書店は潰れる。この負のスパイラルの状況を打開したい」と強調した。「書店を減らさないためにどうしたらいいか、読書運動をどうやって維持して盛り上げたらいいか、解けない方程式に挑戦している感じ」と胸の内を明かした。
しかし、企業としては採算性も見込む必要がある。国内ではどのような展開を考えているのだろうか。
藤則さんは「一定の購読人口がない地域では出店ができないため、市場性をよく分析しています。また、従来の一定の品ぞろえを保った総合的な店舗のほか、ある分野に特化した店舗も増やしたい」と説明。児童書やコミック、デザイン・美術書専門店などが考えられるという。
本を売ること以外のプランもある。「著者の話を聞けたり、読み聞かせを体験できたりするなど『モノ』『コト』『トキ』をキーワードに、新たな価値や機能を提供できる書店を目指したい」と意気込む。「普段使いの書店を少しでも増やしていくようにしたい。経営に行き詰まっている他店との協業やフランチャイズも検討課題だ」と話した。
◇海外は大型店で勝負
紀伊国屋書店の計画では、現在39カ所の海外店舗も100カ所に増やす構想だ。1969年出店のサンフランシスコ店が海外店舗第1号。現在は米国や台湾、タイ、オーストラリアなど10カ国・地域に展開している。
海外店舗の業績は好調で、21年の店舗別売り上げランキング上位10位のうち、シンガポール(3位)など4カ所は海外店舗が占めた。好調に転ずるターニングポイントになったのは、99年のシンガポール本店開業だった。それまでは日本人駐在員向けの小さめの店舗をいくつか経営していたが、米書店大手のボーダーズ(11年に破綻)の進出に対抗し、約1000坪の大型店をオープンさせた。現地の人も顧客に想定し、日本語のほか英中仏など多言語の本をそろえたことが奏功し、その後のマレーシア・クアラルンプール店やドバイ店など大型店の出店につながった。
海外事業推進室の伊藤聡室長(43)は「コロナ禍で一時休業していたクアラルンプール店が1カ月半ぶりに開店した日には、店の前に行列ができました。本の需要は減っていますが、本は必要とされていると感じました」と現地での存在感に手応えをにじませた。
苦戦していた米国でも、文具や雑貨など書籍だけではない商品個性を打ち出すことで集客力を強化し、現在は米国だけで20店舗を展開している。
特にコロナ禍ではコミック需要が増加したという。森啓次郎副社長(67)は「日本のアニメのネット配信を見て、コミックを買いに来る人が多い。英訳された日本の漫画が本の売り上げベストの総合部門でもランクインするようになった」と話す。
漫画以外にも、川上未映子さんや東野圭吾さんなど人気作家の作品が各国で翻訳出版される機会が増えたことも追い風になっているという。現在、海外店舗の売り上げは全体の2割程度だが、今後はさらに拡大を見込んでいる。
一方で、情勢が不安定な国では、思うように出店や営業ができないケースもある。ミャンマーでは2店目の出店を検討中にクーデターが発生し、中止せざるを得なくなった。
書店の出店が厳しい状況は国内外を問わない。特にショッピングモールは、売り上げ高によってテナント店舗を決めるところもあり、利幅が低い書店は不利になるという。
藤則さんは「本屋は人を集めるコミュニティーとしてはすごく大事な機能。ショッピングモールなど商業施設に本屋を入れれば日本が元気になる、勉強ができる環境が作れるということを訴えていきたい」と話した。
新宿本店は現在、リニューアル工事を進めている。藤則さんは「将来的には新宿本店と海外店をつないで、日本にいながら海外にある書籍をリアルタイムで購入できるようにしたり、閉店後も特設コーナーや商品棚のラインアップをネットで見てもらったりしたい。『待ち』の姿勢ではなく、常に情報発信することを心がけています」と語る。
◇書店空白地帯は埋まるのか
紀伊国屋書店の取り組みは、他の書店や本の読者にどのような影響を与えるのだろうか。
出版業界に詳しいフリーライターの永江朗さんは「書店が増えることは、読者にとっては朗報でしょう」としつつ、「一方で、メガストアの出店は、既存の中小零細書店を脅かす可能性がある」と指摘する。
さらに大手出版取り次ぎ、トーハンの17年の調査で全国の2割以上の自治体に書店がなかったことを挙げ、「ぜひ、書店空白地帯を埋めてほしい」と求める。それと同時に「新刊書籍を売るだけでなく、創業者の田辺茂一氏が構想した、画廊や劇場、サロンがあり、出版事業も行う総合文化施設としての紀伊国屋書店を目指してほしいです」と望んだ。