目に見えない震災の影響を表現 芥川賞の佐藤厚志さん
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初のノミネートで芥川賞を射止めた佐藤さんは、作家デビューから6年のキャリア。書店員として仙台市内の店で勤務するかたわら小説を書き続けてきた。
仙台市出身。少年時代から、本を読むのが好きだった。書く方に意識が向き始めたのは大学進学時。授業で推薦されたノーベル賞作家の大江健三郎氏の文学論「新しい文学のために」を読み、「小説は普段使っている言葉ではなく、小説を書くための言葉で作られている、という話が目からウロコで。それが書くことを意識し始めた最大のきっかけでした」。
大学卒業後は一般企業に就職し、20代半ばで初めて短編を書き上げた。以降、年1ペースで執筆し、10年ほど新人賞への応募を続けた。そして平成29年、宮城県の田園地帯を舞台にした「蛇沼」で新潮新人賞を受けてデビュー。令和3年には仙台市内の書店員女性を主人公にした中編「象の皮膚」が三島由紀夫賞の候補に挙がるなど、気鋭の作家として注目されてきた。
受賞作は、東日本大震災によって壊された家族とその周囲の人々の物語。震災は地震や津波による瞬間的被害にとどまらず、生活を荒廃させることでその後の人生に長く深い爪痕を残すさまが描かれる。
「仙台で暮らしていると、津波で家族を失ったり家が流されたりした人が周りにいるのは普通にあること。震災を書くという特別な情熱があったわけではなく、自然に見える風景を物語に盛り込んだだけです」
ただ小説として、ノンフィクションやドキュメンタリーでは拾えないものを拾いたかったと語る。「震災で直接とは言えないが、見えない形で影響を受けて亡くなっている人も多い。そうした目に見えない震災の影響、微妙な感情を表現したかった」(磨井慎吾)