角換わりは100m走? 広瀬章人八段が描いた「藤井曲線」に感じた激闘の予感[観る将が行く]
広瀬八段、強かったなぁ。終局後、検討スペースで余韻に浸りながら、原稿を書いていると、将棋担当のMデスクがABEMA中継のAI評価値を見て、こんなことをつぶやいた。
「広瀬八段の評価値、完全に“藤井曲線”だなぁ」
「藤井曲線」とは、藤井竜王の将棋対局でよくみられるAI評価値の変遷グラフが示す曲線のこと。
「逆転のゲーム」と呼ばれる将棋の世界では、たった一つの悪手でAIの評価値が心電図のグラフのようにどちらかにガクンと振れることがある。しかし、藤井竜王の将棋は一度、優位を築くとほとんどそれがない。中盤あたりからじりじりとリードを広げ始め、得意の終盤ではミスがないから、評価値のグラフは右肩上がりのようななだらかな曲線になるのだ。
ところが、広瀬八段は七番勝負の開幕局という大舞台で、“本家”である藤井竜王相手に、それをやってのけた、というわけだ。
序盤、中盤でほぼ互角だったAIの評価が最初にやや広瀬八段寄りに振れたのは、藤井竜王が56手目で指した△6五歩でのこと。6筋から仕掛けていったが、逆に広瀬八段は、▲6三銀と藤井竜王の陣にただ捨ての銀を打ち込むハードパンチを放ち、ペースを握った。
ただ、新聞解説を務めた松尾歩八段は言う。「藤井竜王の△6五歩はプロとしては第一感で浮かぶ手。結果として、もしそれが緩手だったとしても、AIが示した他の手との違いは、人間ではなかなか分からない」
じりじりと差が広がる展開になった要因の一つとして、松尾八段は今回、二人が指した「角換わり」という戦型の特徴を挙げてくれた。
角換わりとはファンのみなさんにはおなじみの用語だが、陣形を整える序盤に相手と大駒の角を交換する(取り合う)戦い方だ。最初から互いに強い駒を手持ちにするため、玉の守りが薄い状態で激しい戦いに突入することが多く、あっという間に終盤戦に、という将棋も珍しくない。