『日本暗殺秘録』監督:中島貞夫 評者:吉田伊知郎【気まぐれ映画館】
戦後2度目の国葬が行われた2022年9月27日、安倍元首相を殺害した山上徹也容疑者をモデルに、暗殺にいたる軌跡を描いた足立正生(まさお)監督の映画『REVOLUTION+1』が上映された。
事件発生から2ヵ月で映画化された是非も含めて、上映前から毀誉褒貶が渦巻いたが、実際に観れば、先鋭的な実験映画作家であり、若松孝二監督と組んで性と犯罪をモチーフにピンク映画を量産してきた足立ならではの作品になっており、日本赤軍に身を投じた自身の経歴も反映させたフィクションに昇華されていた。
こうした映画は、大手映画会社が忌避するため、自主製作にならざるを得ない。本作も、ライブハウスを運営する株式会社ロフトプロジェクトの出資によって製作されている。
ところが、1969年公開の『日本暗殺秘録』は、東映がオールスターキャストの大作として製作したのだから隔世の感がある。
桜田門外の変、大久保利通暗殺、大隈重信襲撃、星亨(とおる)暗殺、安田善次郎暗殺、ギロチン社事件、血盟団事件、永田鉄山(てつざん)斬殺、二・二六事件と、幕末から戦前にかけての暗殺事件が描かれ、それを当時のスターたちが演じるだけに異様な雰囲気が漂う。
それにしても、なぜ東映はこんな映画を作ったのか。本作が公開された1969年は、東大安田講堂事件を経て、70年安保を控えた時期にあたる。かつてのテロと当時の武力革命を重ね合わせた今日的な企画と位置づけられたようだ。実際、東映は「安保改定の70年をひかえたゲバルト路線」と称して本作を宣伝していた。当初は戦後の暗殺事件も取り込む予定だったが、監督の中島貞夫は「力及ばなかった」(『読売新聞』69年9月25日夕刊)と語っている。
中島の前作は、同時代風俗をテーマにしたドキュメンタリーだったが、予想外のヒットを喜んだ東映社長は、鶴の一声で『日本暗殺秘録』をオールスター映画に決めてしまう。こうしてキワモノになりかねない題材に豪華俳優が集結することになった。
菅原文太は安田善次郎を刺殺した朝日平吾を、高倉健は永田鉄山少将を殺害した相沢三郎中佐を、鶴田浩二は二・二六事件の将校・磯部浅一(あさいち)を演じ、個性を生かした見せ場が用意されている。後に『仁義なき戦い』を手がける脚本家・笠原和夫の緻密な構成が、凝縮された場面を生み出したのだ。それらを矢継ぎ早に見せた上で、映画全体の3分の2を占める血盟団事件へとなだれこむ。
1932年に前大蔵大臣・井上準之助を殺害した小沼正〔おぬましょう〕(千葉真一)。農村出身の純粋無垢な若者が、社会の不合理、貧困、格差に絶望し、指導者の井上日召〔にっしょう〕(片岡千恵蔵)に帰依し、テロへと走る過程が描かれる。目を爛々とさせた千葉が信仰を深めていく描写は圧巻だ。宗教とテロが描かれる本作を、90年前の遠い光景と思う者はいないのではないか。ラストシーンの「そして現代暗殺を超える思想とは何か」という言葉もまた、今、本作を観る者に突きつけられた問いであろう。
(『中央公論』2023年1月号より)
【評者】
◆吉田伊知郎
映画評論家・ライター