小林一茶は60代で一晩に5回も…!歴史にその名を刻む性豪たちが実践していた、「生涯現役の奥義」
明治時代に婚姻制度が整備されるまで、日本人は性に非常にオープンな民族だった。妻だけではなく、何人も妾を囲い、満足させるのが当たり前――。
色好みこそが、強き男の理想像だったのだ。なかでも性豪として、歴史に名を刻んだ偉人たちは60歳を過ぎてなお楽しんでいた。人生50年といわれた時代、彼らはいかにして、その力を維持していたのか。その根源を探ろう。
元祖・性豪といえば、奈良時代の僧侶、道鏡だろう。
62歳のときに、女帝・孝謙天皇の病を治したことで寵愛を受け、権力の中枢まで上り詰めた。後の世で「道鏡は すわるとひざが 三つでき」という川柳が詠まれるほどの巨根伝説でも名高い。彼はその下半身を武器に当時44~52歳だったと推定される孝謙天皇を籠絡したのである。
「奈良、平安時代の恋愛は夜這いが主流です。この時代は明かりがろうそくや小さな灯火しかありません。しかも、通うのは夕暮れから夜明け前のあいだで、女性の姿はほとんど見えない。視覚的刺激に頼れない分、当時の男性は妄想をたくましくして行為に及んだのです。
もともと、宗教という精神世界に生きてきた道鏡は、瞑想しながら想念を奔放にあやつる術を心得ていた。それが高齢の道鏡の性生活を支えたといえます」(歴史家の加来耕三氏)
加えて権力の座に上り詰めたいという強烈な向上心も、道鏡の力の源になっていたにちがいない。何かを強烈に求める欲求は、男性ホルモンであるテストステロンを分泌させることも科学的に判明している。
では、道鏡のような妄想力を鍛えるためにはどうすればいいか?
まずは官能小説を読むのがいい。今や、スマホやパソコンを開けば、アダルト動画が手軽に観られるが、それは逆効果だ。妄想は飢えから生まれる。文字から女性の息遣い、手触り、匂いを頭のなかで作り出すことが大事なのだ。
いっそ官能小説を書いてみるのもいい。難しく考えず、経験した忘れられない“過去”を思い返し、できるだけ詳細に書けばいいのだ。愛した女性の顔やあえぎ声を思い出しながら、想像力を働かせて、より官能的に脚色してもかまわない。
もし身近に気になっている女性がいるのなら、彼女と一夜を過ごすファンタジーを綴ってみるのもいいだろう。一つの作品を書き上げようという野心や好奇心は、大いにテストステロンを放出させてくれるだろう。
「一休さん」として有名な室町時代の僧侶、一休宗純は78歳まで遊郭に通いながら、晩年には盲目の旅芸人、森女を愛人として88歳で鬼籍に入るまで性を堪能しつくした。
「一休が性に奔放だったのは、禅宗の偽善を告発する意味も大きかった。周りの僧侶たちは隠れて遊郭に行ったり、男色を楽しんだりしていました。一休はそれをあえて大っぴらに行い、皮肉交じりに批判したのです。
その一方で彼は人間の欲望を素直に肯定していた。『美人の陰部は水仙の香りがする。楚々とした腰に口づけしよう。もっと抱きしめて愛したい』という漢詩を残したように女性の肉体を素直に愛で、心からいつくしんでいました」(偉人の性に詳しい文芸評論家の末國善己氏)