【新刊紹介】山谷のヒーローが描いた夢:末並俊司著『マイホーム山谷』
映画やドキュメンタリー番組に取り上げられ、注目を集めた山谷のホスピス「きぼうのいえ」。数年後に訪ねてみると、理事長はその職を追われ、病を発症し、アルコールに溺れて孤独に暮らしていた。いったい、何が起こったのか――そこから取材が始まった。
「ドヤ」と呼ばれる簡易宿泊所が立ち並び、日雇い労働者が多く暮らす街、東京・山谷は、日本の行動成長期を支えてきた。だが、社会構造が変化すると仕事も減り、山谷の労働者たちも高齢化。路上生活のなかで体を壊したり、生活保護を受給するなど「福祉の力を借りなければ生活がままならない人」が増えてきた。
そんな山谷の福祉を象徴するかのようにメディアに多く取り上げられてきたのが、ホームレスの人たちのためのホスピス施設「きぼうのいえ」だ。山本雅基・美恵さん夫婦が2002年に設立した地上4階建て、個室21室の建物は、これまで、山谷で働き続けた労働者たち200人余りを看取ってきた。
末期がんの患者でも煙草を吸い、お酒を飲む。死の1か月前まで、場外馬券売り場に通い続けた人もいる。個人に寄り添い、人生の質を最後まで大事にしたいという方針は、「きぼうのいえ」を建てた山本雅基さん・美恵さん夫婦の強いこだわりでもあり、スタッフに浸透している。
2010年公開の山田洋二監督の映画『おとうと』の舞台ともなり、テレビ番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』にも取り上げられる。理事長の山本さんも多くの取材を受け、日本全国で講演も行うなど、山谷や福祉の分野では知らない人のいない有名人だった。
本書は、2018年、著者が以前から名前を知っていた山本さんに、生き方のヒントを得たいと連絡をとる場面から始まる。きっかけは、著者自身が両親を亡くし、うつ状態に陥っていたことだった。
アポイントを快諾した山本さんの元を訪れると、「室内には古くなった食べ物と芳香剤が混ざったような濃厚な異臭」が漂い、その先には、テレビの正面に座り、「虚ろな目で宙を見ながらワイングラスに注がれた液体を」飲む山本さんの姿があった。
恐る恐る尋ねると、山本さんは少し前に「きぼうのいえ」の理事長職を解任され、映画やテレビ番組でよきパートナーとして登場し、「山谷のマザー・テレサ」とも呼ばれた妻も、8年前に男性と出奔。山本さん自身は「死んだ人と話ができる」と話すなど精神を病み、統合失調症という診断を受けていた。
山谷のヒーローに、いったい何が起こったのか。
この衝撃的な出会いをきっかけに、著者は山本さんに興味を持ち、取材をはじめる。
本人へのインタビューはもちろん、長年断絶していた姉や、山谷で山本さん夫婦と共に活動していた介護や福祉の専門家など関係者からも話を聞く。
「きぼうのいえ」は山本さんの夢であり、人生を懸けた自己実現だった。メディアから注目され、多くの寄付金が集まる一方で、決してお行儀がいいとは言えない入居者たちに手を焼くことも多く、日に日に酒量は増加。精神科から処方された薬を酒で流し込むことも日常茶飯事になっていったという。
周囲から見てもその変化は明らかだった。それでも「きぼうのいえ」を支えようと、妻の美恵さんをはじめ、多くの人が力を貸し続けた。
本書は文字通り山あり谷あり、ドラマチックな山本さん個人の人生を描くだけではなく、山谷という地域が持つ独特の相互扶助システムと、そのなかで働く看護師や医師などケアに携わる人たちの志やプライドにも焦点を当てていく。
「ここはね、『困っている人のために何かをしたい人』が集まる場所なのよ」という、訪問看護ステーションの看護師さんの言葉が心に残る。