「2度目の喪失」癒やす物語を 仙台拠点の画家・瀬尾夏美さん
◇復興工事で失われたコミュニティー
震災直後に被災地でボランティアをしたのがきっかけとなり、2012年から3年間、陸前高田市の隣町で暮らしました。「二重のまち」は、写真館で働いていた15年に書いた作品です。復興工事が最も盛んな頃でした。家が解体され、まち全体が仮置きされた土砂で埋め尽くされ、次第に道も分からなくなりました。
それまでは、津波で流されて草原のようになった場所にも、元の集落の続きが残っていました。お祭りで集まったり、各地で犠牲者を弔うための花畑をつくったり。面影を生かしながら、過去の記憶をつなぎ留める「震災後の時間」も存在していました。
しかし、それが復興工事によって失われてしまい、コミュニティーも解体されていきました。地元の人たちは「勝手にやってほしくない」「何もないように見えるけれど、大切な人が亡くなった場所なんだ」と話し、誰もが葛藤を抱えていました。そこで、かつてのまちとつながることができる物語があれば、かさ上げによる「2度目の喪失」の痛みも和らぐのではないかと思いました。
「二重のまち」は春夏秋冬の四つの章で構成され、各章の主人公は陸前高田で出会った人たちがモデルになっています。それぞれの性格や気持ちを借りて「二重のまち」を歩いてもらいました。かさ上げ工事によってできたまちの下には、昔のまちで暮らす人々が同時に存在していて、二つのまちが階段でつながっている。そんな設定です。
地下に埋められて、物理的に見えなくなっても、大切な人や、かつて過ごした時間と一緒に暮らすことはできるというメッセージを込めました。架空の話ではありますが、(モデルになった)4人から問わず語りに聞いてきた言葉をヒントに、彼らが「語りたかったかもしれないこと」として文章にしました。
◇物語を本音語る「媒介」に
人の内面にある言葉は、相手のことを気遣い、社会的意味を背負うとなかなか口にできません。そこで本当に語りたかったことを伝えるための「媒介」となり、物語として表現しました。私が被災者の語りを聞いて、抽象化して、次の人に受け渡すことで、自分の話として受け止めやすくなります。古くから語り継がれる民話のように、震災を体験した人の言葉が、形を変えながら共有されることが重要だと思います。
そうしてできた物語は、全国で巡回展を開いてドローイングとともに発表し、その後、朗読会も開きました。阪神大震災で火災が起きた神戸市長田区に住む男性は、焼け跡から新しいコミュニティーが形成されていった記憶を振り返り「僕の物語になった」と共感してくれました。感想はさまざまですが、自分の身の回りのことや、住んでいる土地の歴史に重ね合わせながら解釈する人がたくさんいました。
災禍を体験した人だけが特別か、という問いはあります。しかし、被災体験をした人は、ふるさとや大切な人を失った現実と向き合い、弔いを続けながら時間を積み重ね、自分の人生を再開させていきます。回復までの道のりを聞くのは、他の人にとっても人生を問い直す契機になります。
これまで展覧会で「震災には関心があったけれど、何もできなかった」「どう聞いていいか分からない」という人々に会いました。最初は被災地の話を伝えるのが重要だと思っていましたが、受け止める側にはこういう人たちもいるということを頭に入れておかないと、後世に語り継がれないと思うようになりました。
◇「語りの場」作り続ける
私の役割は「語りの場」をつくることだと考えています。東日本大震災の現場を語るだけでは、見えてこないものがあります。災害の規模が違っても、人の悲しみや喪失は同じはずです。それなのに、例えば18年の西日本豪雨、19年の台風19号の被災地の人たちは、震災に比べれば「たいしたことはないから」という態度を取らざるを得なくなっていると思います。
この春、東京に拠点を移します。他の被災地にも足を運んで語りを聞き、それぞれの場所をつないでいきたいと考えています。【聞き手・構成、神内亜実】
◇せお・なつみ
1988年、東京都足立区生まれ。画家、作家。東日本大震災後のボランティア活動を契機に、2012年に岩手県住田町に移住。15年に拠点を仙台に移し、さまざまな表現手段で震災を記録する一般社団法人「NOOK(のおく)」を設立。21年2月に「二重のまち/交代地のうた」を刊行した。今年の3月11日、これまで語られることがなかったエピソードを集めた「10年目の手記」を出版する。