この部屋の住人は、みんないなくなる?日常にひそむ恐怖を描いた群像新人文学賞『もぬけの考察』
第66回群像新人文学賞を受賞した村雲菜月さんの『もぬけの考察』は、都市の片隅にあるマンションの一室を舞台に、次々と入れ替わる住人たちの奇想天外な物語を描いた連作小説集です。軽妙なユーモアとともに現代の日常にひそむ不安と恐怖を映し出した本作について、村雲さんに執筆の背景を寄稿いただきました。「群像」2023年9月号(8月7日発売)掲載の「本の名刺」より転載してお届けします。
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年に何度か、職場の人たちとSCRAPのリアル脱出ゲームに行くのだが、勝率は半分といったところだ。念のため前置きすると、リアル脱出ゲームというのは、偏屈な人たちが考える謎が仕掛けられた部屋に自ら望んで閉じ込められ、順に謎を解いて部屋からの脱出を目指す、という物好きな人たちへ向けた体験型ゲームのこと。最近は部屋に留まらず村や事件や運命から脱出することもやぶさかではない感じで、会場も街中だったりオンラインだったりするので脱出とは……? とも思うのだが、毎回練られたストーリーがついていて、ラストの仕掛けには驚かされる、とともに悔しくて地団駄を踏むことが多い。そして本当に密室に閉じ込められるタイプのものは想像以上に不安を覚える。
私は紙とペンを使って解くような小さな謎は解けるのだが、脱出成功にたどり着くためのラストの大きな謎を解明できたためしがない。解き明かすのはいつも他の冴えた人間で、私はその人の名推理を聞きながら頷くに徹する体たらく。コツとしてはより作品世界に入り込んで違和感を見つけることである気がするのだが、なかなかどうして上手くいかないものである。リアル脱出ゲームはミステリー小説の八割までを読ませられた後に作者に筆を渡され、残りの二割は自分で書きたまえと言われているようなものだと思う。しかもたった一つの明確な正解が決まっているのだから狭量なものだ。そんな遊びを時々やっている私は、日常にある些細な異常にいつも引っかかる。なので、引っ越し先のちょっとしたことがやけに気になってしまうのも仕方のないことなのである。