’’ここ’’から世界へ、村田沙耶香にとっての『コンビニ人間』
2003年に群像新人文学賞でデビューされてから20年。どんなときもまっすぐに小説と向き合い、書き続けてきた村田沙耶香さん。岩川ありささんを聞き手に迎えた村田沙耶香さんのロングインタビュー「小説を裏切らず、変わらずに書き続ける」(「群像」2023年6月号掲載)を再編集してお届けします。
----------
岩川 二〇一六年に『コンビニ人間』で第百五十五回芥川龍之介賞を受賞なさいました。語り手の古倉さんは、「普通」と呼ばれる価値観がわからないというふうに設定されています。でも、周りにいる妹やお父さん、お母さん、ある意味「普通」の側にいる人たちは、古倉さんの価値観を理解しようとしないですよね。村田さんの中で古倉さんというのはどう生まれてきた人なんでしょうか。
村田 これも最初は全然違う人が主人公で、コンビニのバックルームで年配の男性をペットにしてみんなでこっそり飼うという話だったのです(笑)。けれどなかなか進まず、このときも一回全部捨てて、あたらしく古倉さんという人を主人公にしました。
彼女の思考回路はとてもシンプルで、それは他の人に通用する合理性ではないかもしれないけれど、古倉さんは古倉さんなりの合理性で生きているのに、「なんで?」と言われてしまう。何も害があることをしていないのに、「なんで?」と言われてしまう人というイメージから似顔絵を描きました。
村田 この小説を書いていてカメラが二つあると思ったのは、古倉さんの気持ちも理解できて、でも、古倉さんみたいな人に「なんで?」と言っている自分も想像がついてしまったからです。両方の視点で世界が見えている感じがしながら書きました。
岩川 中村文則さんが解説で、「普通の人生」も実はマニュアル化されていることを古倉さんは看破している、と書いておられます。確かに「普通の人生」の定義は危ういですよね。
村田 時代によっても違うだろうし、もし何かのねじれで違うことが常識だったら、普通の人生も変わってくる。「普通」という言葉を、書いている自分自身も見失っていく感覚がありました。