ハロウィンといえば「カボチャ」なのはなぜ? ジャック・オ・ランタンの歴史
丸い果物や野菜で人の顔を表現するという発想は、数千年前のヨーロッパ、ケルト文化に端を発する。アイルランドの首都ダブリンにあるEPICアイルランド移民博物館の上級学芸員ネイサン・マニオン氏は「紀元前には、頭部を崇拝したり、敵の首を戦利品とする慣習がありました。これらのいずれかが起源かもしれません」と話す。「とても不気味ですが、切断した敵の首の象徴だった可能性があります」
この風習は、ケルト人の祝祭「サウィン」によって深く根付いた。サウィンはもともと11月1日に行われていた祭りで、現代のハロウィンにさまざまな影響を与えている。サウィンの前日にあたる10月31日には、死者の魂がこの世に戻ってくると考えられていた。さまよう魂を追い払うため、人々は衣装をまとい、ビートやジャガイモ、カブといった季節の根菜に恐ろしい顔を彫った。
マニオン氏によれば、実用的な目的もあったという。「金属製のランタンは高価だったため、人々は根菜をくりぬいて用い、やがて顔などのデザインを施すようになったのです。炎が消えず、穴から光が漏れるように工夫していました」
ジャック・オ・ランタンという言葉は、人を指している。辞書によれば、17世紀の英国では、名前のわからない男性を「ジャック」と呼ぶのが一般的だった。例えば、夜警の男性は「ランタンを持ったジャック」、つまり、ジャック・オ・ランタンと呼ばれていた。
18世紀のアイルランド民話には、スティンジー・ジャック(けちなジャック)の物語がある。ジャックは悪事と酒が好きな鍛冶屋で、悪魔を2度もだましたと伝えられている。死後、彼は天国はもちろん、地獄からも受け入れを拒否された。天国と地獄のはざまを永久にさまようジャックに、悪魔は情けをかけ、カブのランタンをともすための燃えさしを与えた。これがジャック・オ・ランタンの由来だとする説もある。
「この民話は教訓的な物語としても使われていました。ジャックは2つの世界のはざまに閉じ込められた魂であり、彼のように振る舞えば、同じ運命をたどってしまうという教訓です」とマニオン氏は説明する。
この民話はイグニス・ファトゥス(鬼火)の説明にもなっている。イグニス・ファトゥスは湿地や沼地に現れる火の玉で、腐敗する有機物から出るガスによって発火する自然現象だ。マニオン氏は次のように話す。「こうした火の玉は、旅人から遠ざかる炎のように見えることがあり、光を追いかけた人が沼にはまり、溺死することもありました。このため、人々はこうした火の玉を、ランタンを持ったジャック、さまよう魂、すなわち幽霊だと考えていました」
1930年代にアイルランドに電気が普及し始めると、スティンジー・ジャックの物語は色あせ始めた。「電灯が登場すると、多くの民話が力を失い、人々のたくましい想像力もまた失われました」