渡米半世紀 : 90代になったNY前衛芸術家・篠原有司男のこれまでとこれから
米・ニューヨーク(以下、NY)在住の前衛芸術家、篠原有司男。渡米から50年以上が経ち現在91歳。ボクシング・グローブでパンチをしながら大胆に描く「ボクシング・ペインティング」や、芸術家の妻・乃り子との日々を描いたドキュメンタリー映画『キューティー&ボクサー』(2013年)が大きな話題となった。90代になった彼の「その後」を追った。
「どんどん聞いて。全然遠慮いらねぇから」。篠原有司男(以下、ギュウちゃん)はチャキチャキの江戸言葉でそう言いながら、友人から贈られたという、いす式階段昇降機に乗ってスイッと3階へ移動していった。
NYブルックリンの3階建てロフトの最上階にある制作スタジオ。ここでギュウちゃんの芸術が生まれ、息吹く。筆者は足を踏み入れる否や、思わず「わぁ!」と叫んだ。床には大量のカラフルな塗料や作業クズが散らばっている。「生」のエネルギーが渦巻いている空間だ。
「生きてるって感じ!ここで働いているわけですね…」と言う筆者に、ギュウちゃんは「戦場だよ、戦場」と笑い飛ばす。さらに彼は一言も聞き流さない。「あのさ、働くって言葉使わないで。制作しているのよ、無から有に」。
彼が現在取り組んでいるのはピアニスト、そして人間を襲う巨大カマキリの新作オブジェだ。素材として、不要になったダンボール箱、マスキングテープや針金、家具の板の端などの廃棄物をアップサイクルし利用している。
彼とは今年に入り、NYのあるギャラリーの展覧会のオープニングで再会した。コロナ禍であらゆる人との交流が途絶えたが、久しぶりに会ったギュウちゃんは相変わらず元気だ。まずはパンデミックをどう乗り越えたかという質問から投げかけてみる。
「注射(ワクチン)打ったし、全然大丈夫」と即答。NYは新型コロナの感染状況がひどかったがと食い下がるも「全然関係なし!だって元気に生きてるじゃん。次の質問行って」と一刀両断し、一瞬いら立ちを見せるギュウちゃん。どうも体調についての質問をしつこく聞いたり健康を気遣ったりするのは彼にとって野暮のようだ。