京都大学・山極壽一先生が監修!「主人公はゴリラ」衝撃のメフィスト賞受賞作『ゴリラ裁判の日』の誕生秘話
―ゴリラの「ローズ」が「私」という一人称で語っていく、今までにない小説ですね。
ニシローランドゴリラのローズはカメルーンの動物保護区生まれ。研究者から手話を習って育ったため、人間と言語コミュニケーションができるという設定となっています。実際、手話が少しできた「ココ」という有名なゴリラもおり、参考にしています。
とはいえ僕は「ゴリラの話だから」と距離を置くのではなく、自分の物語として読んでもらいたいと考えていました。だから、ゴリラであっても一人称の「私」を使うことにこだわったんです。読んでいるうちにゴリラか人間かわからなくなるような、ゴリラと人間を行き来する体験ができるのは、小説ならではだと思います。
―物語は、ローズが原告となった裁判で敗訴するシーンから始まります。7年前に米国で起きた動物園のゴリラ射殺事件、「ハランベ事件」がモチーフだそうですね。
はい。ゴリラ舎の囲いの中に落ちてしまった幼児を手荒に扱ったゴリラの「ハランベ」が、職員によって射殺された事件です。射殺の判断をめぐり、様々な批判と議論がありました。
実は本作のもとになったのは、会社をやめて作家専業になり、最初に書いた小説でした。しかし当初はゴリラとはまったく関係ない内容だったんです。テーマは「人間の進化」で、もしも人間に急速な進化が起きたらどうなるか、SF的な発想を膨らませて書きました。そこから「人と人を分けるものは何か」「人権とは何か」ということを考えていったのですが、進化について書こうとするとどんどん複雑になってしまう。うまくいかず、考え抜いた末にたどり着いたのが人間以外、つまりゴリラの目線で人間を描くことでした。ココやハランベの実例も参考にしつつ、一本のストーリーができました。
―ローズ目線で描かれるジャングルでの生活は、とても新鮮ですね。
ゴリラがどんな環境で暮らし、彼らの社会にはどんな掟があって、彼らの当たり前とは何か。それをまずは実感してもらいたかったんです。動画などを見て研究し、なるべくリアルな形で生き生きと伝えられるように苦心しました。物語の途中からローズはアメリカに渡ってしまうので、彼女の原点を知ってもらいたかったという思いもあります。
―ボスが率いる群れ同士の抗争、仲間である子ゴリラや父ゴリラの死など、ローズにとってつらい出来事も続きます。
ローズは、生まれ育った群れの中では生きていけなくなってしまう。そんな境遇の中、彼女はアメリカへ渡ることに希望を見出しました。
―はぐれゴリラのアイザックとの初恋も!
魅力あるオスの存在も大事な物語の要素です。彼女の原点には、彼女にとっての大事な人がいてほしかったんです。
―アイザックに導かれて沼で水浴するシーンはとてもロマンチック。研究所で恋愛相談までするローズが微笑ましく、一人の女性であるかのように感情移入しました。
ゴリラの話という意識がだんだんと薄れるかもしれません(笑)。人間社会と変わらない物語に感じられる人もいると思います。