世界で最も人気のアーティスト「デイヴィッド・ホックニー展」(東京都現代美術館)レポート。巨匠がコロナ禍以降の世界に示す明るい光
全8章からなる本展。「春が来ることを忘れないで」という最初の章には、ラッパスイセンを描いた2枚の絵が並んでいる。1969年作のエッチングによる《花瓶と花》(1969)と、iPadで制作された2020年の《No.118、2020年3月16日「春の到来 ノルマンディー 2020年」より》だ。
この2作を冒頭に展示した意図について、楠本学芸員は以下のように説明する。
「このふたつの作品は本展にとって、ふたつの意味で非常に象徴的な作品だと考えています。まず本展の趣旨として、ホックニーの60年以上に及ぶ制作の根底にある一貫性をご紹介したいという思いがありました。ホックニーは様々な表現・画材・技法を用いているので全体像をとらえづらい画家だと思われる方がいるかもしれません。しかしじつは目の前にある身近なものを描き続けてきました。同じモチーフを異なる表現で繰り返し描いているんです。自分が見つめてきた世界をどういうふうに絵画に移し替えるかということに一貫して取り組んできたと言えます。そのことを示するために50年前の作品と近作を並べています。
もうひとつ、《No.118》が2020年3月にオンライン上で公開されたとき、ヘッドラインが章のタイトルにもなっている「春が来ることを忘れないで」というメッセージだったんです。当時(パンデミックの影響で)毎日不安なニュースが流れるなかで、鮮やかな色彩ですっくと上に伸びる姿が描かれたラパスイセンの絵に励まされた方は多いと思います。私もそのひとりでした。
当初は2021年頃開催で調整していた本展は、この絵がオンラインで公開された直後に延期が決まりました。ただ、もし世界の状況が良くなって日本で開催が実現された際には、ぜひこの作品をいちばん初めに展示したいと考えていました」