文化庁、京都へ 掲げた「全面移転」 実態は職員3割が東京残留
京都府・市は、歴史と伝統が息づく「文化首都」を掲げ、経済界の協力も得て文化庁誘致を推進、2016年に移転が決まった。当初は21年度中に移転予定だったが、新庁舎の工期延長などでずれ込んだ。西脇隆俊知事は「文化庁が京都にあることで、政策に幅や深みが生まれることを期待している。京都からの発信が日本文化の再評価や日本の国際的地位の向上につながるよう、地元としても貢献していきたい」と話している。
◇国会対応・省庁折衝が課題に
「東京一極集中の是正にとどまらない。新たな文化行政の展開を進める大きな契機になる」。永岡桂子文科相は、文化庁が京都で業務を始めるまで1カ月に迫った2月28日の定例記者会見で意義を強調した。
政府は「京都移転」をうたうが、全9課中4課が東京に残らざるを得ず、国会対応や予算折衝で頻繁に通う永田町、財務省から距離的に離れるという課題にも直面する。永岡氏も「京都と東京の部署が緊密に連携することが一番重要」と説明し、移転のデメリットを克服できるかが問われる。
京都移転は、安倍晋三政権が2014年12月、東京一極集中の是正策の目玉として、政府機関の地方移転を打ち出したのが発端だ。15年3~8月に京都を含む42道府県が69機関の誘致に手を挙げたが、霞が関に集中する他省庁との連携がネックで多くは断念した。
中央省庁では、消費者庁と総務省統計局が機能の一部をそれぞれ徳島県と和歌山県に移したが、「全面移転」は文化庁のみだった。国が先陣を切ることで、民間企業の地方移転の呼び水にするとのもくろみだったが、その規模は限定的で「尻すぼみ」感は否めない。
◇9課中4課は移転せず、出張頻発か
文化庁は16年に移転の基本方針が決まった。約590人の職員のうち、7割弱の約390人が京都で勤務する。長官直轄で庁内全体の政策企画を担う「長官戦略室(仮称)」や、食文化と文化観光を担当する推進本部を新設。このほか政策課▽文化資源活用課▽文化財1、2課▽宗務課――の5課が5月中旬までに順次、京都で業務を始める。東京にはナンバー2の次長2人のうち1人が残り、関係団体などが首都圏に多い文化経済・国際課や著作権課、国語課など4課が残る。
京都移転組は、頻繁な東京出張が必要になるとの課題がある。文化庁は20年10~11月の7週間、移転5課の職員が試験的に京都で勤務し、東京で対面で進めている業務がオンラインに置き換えられるかを調べた。
他部署や他省庁など「庁内外のやりとり」で置き換えが可能だったのは271回中84回(31%)だった。移転担当者は、新型コロナウイルス禍でオンライン対応への慣れは、さらに調査後も進んだとみて「役所間は当時よりも対面を減らせるはずだ」と説明する。
一方で「国会議員への説明」は41回中5回(12%)、「予算にかかる業務」は61回中9回(15%)しか代替できなかった。オンラインに必要な機材などハード面が整っても、国会議員への根回しや財務官僚との交渉は「対面でこそ相手の表情が理解しやすく、政策の意図も伝えられる」(文化庁幹部)のが実情という。
調査では東京―京都間の移動時間だけで次長が年間210時間、審議官だと424時間に及ぶという試算も提示。文化庁は23年度予算案で約4300万円の出張費を計上した。担当者は「京都の部署が国会対応や法案作成で忙しくなれば通いで対応できず、落ち着くまで東京に長期滞在せざるを得ない」とも予測する。
また、移転対象の宗務課は世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の調査が続き、一定の区切りがつくまで暫定的に東京に残る。同課は調査のノウハウや人手が足りず、他省庁や省内から応援を得て職員を常時の8人から40人に増やしている。移転となれば応援職員を京都に転居させることにもなり、簡単でないのだ。
これを裏返せば、京都に移転する部署は今後、業務が多忙になることがあっても、距離が壁になり他省庁などから応援職員を得にくくなることを意味する。
一連の課題は他省庁が全面移転を断念した理由でもあり、文科省内には「文化庁だけが官邸の方針にお付き合いした」(中堅職員)と冷ややかな声もある。同省幹部は「決まった以上、デメリットを抑えながら文化財の活用など京都ならではの効果を模索するしかない」と言う。【添島香苗、深津誠】
◇「相乗効果」か「機能半減」か
関西には国宝の5割、重要文化財の4割が集中している。京都府と京都市はその豊かな文化資源を背景に文化庁の誘致を推進し、実現にこぎ着けた。移転先は、府庁敷地内の旧府警本部本館と隣接地に建てられた新行政棟だ。「京都の地域振興に資する」と、耐震改修費や建設費計約38億円は府と市が折半、府は文化庁から徴収する使用料も年間約9000万円減額し、約1億4000万円で提供する。
「暮らしに根ざした京都の文化を肌で感じ、国の文化行政に地方の視点を取り入れてもらうことで、地域文化に一層光が当たれば」。市文化庁移転推進室の市田香課長は期待を込める。府市は誘致時に「移転で生じる東京の空きスペースで年3億~5億円が浮く」と財政削減効果を訴えたが、市田課長は「お金には換算できない価値がある」と話す。国の文化政策と市の施策をリンクさせることによる相乗効果や、芸術・文化を通した交流人口の増加などで新たな経済循環が生まれる可能性を見据える。
一方、2013~16年に文化庁長官を務めた奈良県立橿原考古学研究所の青柳正規所長は「他省庁との連携協力が難しくなり、組織としての機能が半減する」と移転に否定的だ。「文化庁の仕事は全国が対象で、移転によって特定地域へのメリットが生じることがあってはならない」とも指摘する。
◇消費者庁移転の徳島「意識向上した」
一足早く徳島県に一部機能を移した消費者庁。20年度から、吉野川を望む県庁内に常設の「新未来創造戦略本部」を構えるが、16年に実施した「お試し移転」やその後3年間の試行期間で、緊急事態への対応など解消困難な課題が明らかになり、全面移転を見送った。
現在は約80人の職員が執務する。徳島を実証の場として先駆的な取り組みを試行・検証するほか、デジタル化や高齢化など社会情勢の変化を踏まえた消費者政策の研究を担う。大友伸幸・同本部総括室長は「東京とはオンラインでやり取りしているが、事務的な打ち合わせに支障はない」と語る。同所を「働き方改革の拠点」と位置付け、職員は「職住近接」の環境を生かしたワーク・ライフ・バランスの実現も目指す。
県の担当者は移転の効果を「(県民の)消費者行政への理解が深まり、消費者意識も向上した。学校現場では、環境や労働者の人権に配慮した商品・サービスを選ぶ『エシカル消費』の普及啓発も進んでいる」と評価する。今後も全面移転を目指して働きかけを続ける方針だ。
大阪経済大の下山朗教授(地方財政)は「初の本格移転となる文化庁が地方創生の試金石になる。移転のコストや他省庁・関係機関との連携で生じるデメリットを、地域密着でブラッシュアップが期待される政策面で上回れるかが問われている」と話す。その上で、文化庁には「京都を足がかりに関西が持つ共通の文化的基盤を生かして府県の垣根を越えた取り組みを進め、オールジャパンの政策につなげていく新しい文化行政のあり方を模索してほしい」と望む。【植松晃一、藤河匠、稲生陽】