「異端に見えますが、正統です」ファンキーな文体で綴る古事記!《書評》町田康『口訳 古事記』
日本最古の神話「古事記」を、町田康が超絶文体で口語訳した『口訳 古事記』が話題を集めている。アナーキーな神々が繰り広げる〈世界の始まり〉の物語を、古代文学研究者・上野誠氏はどう読んだのか? 「群像」2023年7月号より転載してお届けする。
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伊耶那岐命(イザナキノミコト)はやはり伊耶那美命(イザナミノミコト)に会いたかった。会いたくて会いたくてたまらなかった。
そこで伊耶那岐命は会いに行った。
どこに行ったのか。黄泉国である。 (中略)
「愛しい我が妻よ。私とあなたで作った国は、まだ、ぜんぜん作りかけです。だから私のところに戻ってきてください」
この切々とした呼びかけに伊耶那美命は答えて言った。
「なんでもっと早く来てくれなかったのですか」
「うん、いろいろあってね。火の神、殺したりしてて」
「悔しい。もう手遅れです」
「なんで」
「私はもう黄泉国の火で調理したものを食べてしまいました」
「なんか問題あるの?」
「ええ。そうするともうこちらで住民登録がなされて復活できないんです。食べる前だったらなんとかなったんですけど」
「弱ったね」 (『口訳 古事記』より)
最初、一目見て、古事記がゲリラにあったと思った。
われわれ、古代文学研究者も、口語訳は行なうが、それは教室の中で、良き先生と生徒が交わすような言語相でしか、訳さない(教室語)。あくまでも、研究者の訳す古典は、「お勉強」の範囲なのである。
ととととところが、だ。基本的に友達と交わされる言葉、しかも、仲の良い友達としゃべる文体で訳されている。たとえば、電車の中での会話のようなものである。それも、社会階層的にいうと、いわばヤンキー同士の言語である。私が、「古事記がゲリラにあった」といったのは、そういう意味においてである。