福岡県が戦跡を初めて文化財指定 「海軍築城航空基地稲童掩体」
「海軍築城航空基地稲童掩体」は内部が奥行き23・5メートル、天井高が8・5メートルある航空機格納庫で、丘陵を掘り下げた造り。1939年に同基地建設が始まり、防衛や秘匿目的で掩体に爆撃機「銀河」などを格納したとみられる。戦後に転用されずに残っているものは少なく、「海軍の動向や戦時中の様相を物語っている」と指定につながった。
県教委は2017年度から、1868(明治元)年~1945(昭和20)年に造られた県内の戦争遺跡調査を実施。2020年にまとめた報告書によると、遺跡となり得る軍事や埋葬などの構造物が624点見つかったという。今回の海軍掩体は、他と比較して残存状況が良かったことから指定を決めた。全国の同様の戦跡調査は、高知▽沖縄▽滋賀に次いで4県目。
福岡市西区の小田観音堂に伝来する、高さが約2・3メートルある「木造千手観音立像」など仏像5点を指定。1本の木から彫る造りなどの構造上で共通する特徴があり、10世紀末から11世紀にかけて制作されたと見られる。周辺から日宋貿易の輸入品も見つかっており、海外交流の跡や仏教文化の特色を表す点が評価された。
地元では「益富城跡」の呼び名で親しまれる大隈城跡は、戦国時代末期に豊臣秀吉の九州平定に備えて秋月種実(たねざね)が築城。江戸幕府の「一国一城令」で廃城したが、発掘調査で当時の国境付近に位置した東側に堅固な土塁を積んだ跡などが見つかった。「城郭構造や政治状況の変遷を知れる、けうな文化財」とされた。【山口桂子】