草彅洋平 フィンランドサウナの誕生から「サ活」ブームへ
(『中央公論』2023年8月号より抜粋)
「サウナブーム」と騒がれ始めたのが2019年。それからあっという間に4年が経過したが、まだその勢いは衰えない。23年4月だけで、横浜中華街に「HARE-TABI SAUNA & INN YOKOHAMA」、銀座に「SPA&SAUNA コリドーの湯」、西麻布に「サウナ・スパ テルマー湯 西麻布」、赤坂駅1分の場所に「Sauna-Tokyo(サウナ東京)」と、好立地に大規模店のオープンラッシュが続いている。それぞれ土地代も高い場所であり、設備の豪華さから見ても、相当な出店コストとなったことだろう。5月31日には、東京都杉並区の高円寺にある銭湯「小杉湯」が、表参道と明治通りが交差する神宮前交差点に開発される東急不動産の新しい商業施設内に24年春、出店することが発表された。
数年前なら、原宿の最重要エリアにできる商業テナントに銭湯を入れるという発想にはならなかったはずである。なぜ、これほどまでに温浴ビジネスが重要視されるのか? なぜサウナブームなのか? なぜサウナ店が続々オープンするのか? 温浴やサウナに詳しくない人からすると、まったく意味のわからない現象であろう。実はサウナブームは世界的な現象でもあり、エストニアやノルウェーでも続々とさまざまなサウナ施設が誕生している。だが、最も勢いがあるのは日本だ。
まずサウナといえば、発祥の国フィンランドについて語らねばならない。国土の7割以上が森林に覆われ、湖の数は約18万8000という自然豊かな国である。世界に広まった「sauna(サウナ)」はフィンランド語で、数千年前から長きにわたって蒸気浴を楽しむ文化がある。
人口554万に対し、サウナの数はなんと推定300万! 日本は人口1億2570万に対し、サウナの数が約1万(サウナのポータルサイト「サウナイキタイ」への登録数)と言われているため、比べてみればその差は歴然であろう。
フィンランドでは日本の家庭風呂と同じように、一戸建ての住宅から市内の小さいアパートまでほとんどすべてにサウナが設置されている。また湖畔にあるサマーコテージや、スイミングプール、ジム、さらにオフィスにまでサウナがあり、日々のイベントに積極的に利用されている。
そんなフィンランド人が日本に来ると、独自進化を遂げた異質なサウナ文化に驚愕するという。サウナ室は、日本では多くにテレビが設置されているのに対し、フィンランドでは自分と対話する空間。瞑想したり、人と喋ったりする場所のため、画面を一心に見つめながら入浴する日本人の姿は異様に映るのだ。
また温度計や12分計、入浴方法についての掲示物なども存在しない。初心者の中には「何分入ればいいのですか?」と聞く人が多いが、フィンランド人からすればナンセンスな質問で、そもそも「自分の体に聞けばいい」だけなのだ。
高温・低湿でカラカラに熱い日本独特のサウナ室を体験したフィンランド人の多くが、「これはサウナではない!」と口にする。決定的な違いは、熱したストーブに水をかける「ロウリュ」だ。日本にあるような、機械が一定時間ごとに水をかけてくれる「オートロウリュ」ではなく、自らが水を柄杓(ひしゃく)で掬ってかける「セルフロウリュ」であることが大切で、フィンランドにはオートロウリュという装置は存在しない。好きな分だけ水をかけ、蒸発する音に耳を傾け、熱い湯気に包まれる行為がサウナの本質であると彼らは考えている。ロウリュをすることで適度な湿度をもたらし、発汗を促すことができる。
ところが日本のサウナ室の多くは「昭和ストロング」と呼ばれる、ロウリュなしの高温・低湿のため、髪の毛や肌に対してダメージを与えるタイプだ。実は1966~72年の間にロウリュのできるフィンランドサウナブームが日本でも起きていたのだが、多くの施設が繁華街にあったこともあり、酔客が水をバケツごとストーブにかけて火傷するなどの事故が多発。そのためロウリュが禁止され、生み出された日本独自の文化が昭和ストロングなのである(拙著『日本サウナ史』に詳しい)。