一言では片付けられぬ実態 痴漢事件をテーマに小説、弁護士が執筆
小説は、痴漢容疑で逮捕された男性が容疑を否認したケースと認めたケースの二つの物語で構成。ただ、一人にフォーカスを当てた物語ではなく、加害者や被害者、弁護士、検察官などさまざまな立場の登場人物の行動や心境を現実に近い形で描写しいる。
執筆を呼びかけた大森顕弁護士(東京弁護士会)が小説を構想したのは5年前。当時、痴漢を疑われた人が線路に逃げ込むケースが多発していた。「『逃亡したのだから痴漢をしたに決まっている』と思われがちだが、一言では片付けられない」。そうした実態を一般の人に知ってもらうため、専門書ではなく、手に取りやすい小説にすることを決めた。
執筆した男女10人の弁護士は、加害者の弁護人という立場で示談交渉をしたり、被害者の代理人として被害者の苦痛に寄り添ったりしてきた経験がある。小説には、被害者の不安や加害者の本音などとともに、弁護活動の中で見えた痴漢事件の課題を数多く盛り込んだ。
その一つが、立証の難しさ。痴漢事件は客観的な証拠が乏しいケースが多い。起訴するかどうかで苦悩する検察官や、有罪か無罪かの判断に揺れる裁判官の心の動きをなどを盛り込むことで、「一言では片付けられない」実態を描いた。
また、痴漢を繰り返してしまう加害者の心境も取り上げ、性依存の問題などにも切り込んだ。
大森弁護士は「ドラマのようにスターや悪者は作らず、それぞれの立場で事件とどう向き合っているかを率直に描きたかった。痴漢という事件の実相に迫り、刑事司法の問題点などを考えるきっかけにしてもらえたら」と話している。
同書の問い合わせは日本評論社営業部販売課(03・3987・8621)まで。【林田奈々】