香港の大館(タイクン)で見る現代の「クィア神話」。LGBTQ+展覧会シリーズの3回目「Myth Makers」が開催中
19年のバンコク展に続き、3回目となる「Myth Makers-Spectrosynthesis
III」が、4月10日まで香港のアートセンター「大館(タイクン)」で開催中だ。
本展は、インティ・ゲレロとシャンタル・ウォンがキュレーションしたもの。「Myth
Makers」というテーマのもと、アジアやアジア出身の60人以上のアーティストによるLGBTQ+に関連する多様な作品を集めており、現代の神話や身体の実践を探求している。
今回の展覧会は、アジアの古代信仰システムや伝統に見られる同性愛やそれへの欲望、あるいはジェンダーの流動性を強調するアーティストからインスピレーションを得て企画されたという。「クィア」という概念が現代社会に生まれたものでなく、現在のLGBTQ+のアイデンティティが形成する前の時代から長く存在していることを示している。
展覧会は3章構成。1940年代から90年代までの作品や、サンプライド・ファンデーションのコレクションから貸し出された作品、アーティストに依頼制作した新作など、100点以上の作品が集まっている。
第1章「クィア神話:舞台の上と下で」では、同性愛や両性具有、女装、性の曖昧さなどをベースにして、神話的人物、想像上の物語、伝統などをテーマにつくられた作品が一堂に並ぶ。
例えば、中国の伝統的な剪紙を使う独学のアーティスト・Xiyadie(シヤディエ)は、古代中国の歴史に記録され神話化された同性間の恋愛物語からインスピレーションを受けたコミッションワークを発表。戦国時代の竜陽君が王に、王がほかのもっと美しい男性に誘惑されることをいかに恐れているかを告白し、その結果、王が自身に美男子を献上した者を死刑にすることを布告した話を表現した《Crying
Fish》や、漢の哀帝が恋人の董賢が自分の袖の下で眠り続けられるようにと、自分の袖を切ってしまう「断袖」(だんしゅう)の話に基づいた《Cut
Sleeve》(いずれも2022)などが展示されている。
エレン・パウの映像作品《Song of the
Goddess》(1992)は、伝説的な広東オペラの女優、ヤム・キンファイとパク・スーティンの親密な関係を探るもの。1950年代から60年代にかけて舞台、映画、テレビで数々のロマンチックな役を演じたことで知られるこのふたりは、切っても切れない絆と世間の愛情によって愛され記憶されている。LGBTQ+の概念が存在する何十年も前の香港のオーディエンスに「クィアネス」を体験させ、同性愛を想像させることとなった。
第2章「ボディ・ポリティクス:犯罪化、管理、そしてカウンター・ストーリー」では、タイトルが示すようにボディ・ポリティクス、権力、コントロール、犯罪化について掘り下げている。
大館の建物の前身である香港の旧中央警察署には警察署、判事室、刑務所などがあり、本展の会場はかつて指紋押捺所や再勾留房、面会所でもあった。会場の歴史は、犯罪として扱われていた同性間の関係の歴史にも重なる。
第2章の展示空間は、中央をぐるりと囲む壁で仕切られており、内側の空間では公的に自己表象を扱った作品、外側の暗い空間ではフェティッシュや欲望、禁断の愛など親密な世界へと誘うような作品が展示されている。
例えば、ジョセフ・ンの映像作品《Brother
Cane》(1994)は、アーティストが1994年、シンガポールの「クルージング・スポット」で12人のゲイ男性が警察に逮捕されたことに抗議して行ったパフォーマンスを記録したもの。このパフォーマンスでは、ンは観客に背を向け、陰毛を刈り取って散らしたとされるジェスチャーも行った。その結果、アーティストはわいせつ行為で逮捕され、シンガポール政府はその後10年以上、国内での即興パフォーマンスアートを事実上禁止した。
シュー・リー・チェンの《10 cases 10 films
3×3×6》(2019)は、性同一性障害や性的嗜好によって追放されたり、投獄されたりした10の事例を紹介する映像インスタレーション。作品タイトルの「3×3×6」は、6台の監視カメラが設置された3×3メートルの監房にちなんだもので、コントロールされた社会につねに存在するデジタル監視を反映している。
これまでの2章は神話や歴史に焦点を当てるものだとすれば、第3章「クィア・フューチャーズ:非物質化、変容、そして新しい語彙」は、クィアアートの未来を想像するものと言える。ジェス・ファンの《Visible
Woman》(2018)は、3Dプリントされた人間の臓器がプラスチック製のグリッド状のチューブで接続されたもの。ホルモン、メラニン、シリコン、石けんなど、時にエロティシズムや政治性を帯びる素材を頻繁に使用するファンは、トランスジェンダーのアイデンティティ、身体改造、自己決定について探求している。
サムソン・ヤングのインスタレーション《PP》(2022)は、重低音の轟音やサイケデリックな光を通してクラブシーンを思わせる。タイトルは、閉鎖された香港のゲイクラブ「Propaganda」(別称「PP」)から由来するもの。1991年、香港で同性愛が非犯罪化された年にオープンしたこのクラブは、20年以上にわたって香港のLGBTQ+の人たちにとって安全な場所として機能し、今日もクィアコミュニティにおいて神話化された存在となっている。
サンプライド・ファンデーションの設立者であるパトリック・サンは「美術手帖」に対し、この展覧会は「香港がいかにオープンでインクルーシブな社会としてあり続けているかを示している」としつつ、次のように話している。
「タイクンでの展覧会を正式に発表する前は、この規模のLGBTQ+をテーマにした展覧会を香港の公立美術館で開催できるのかどうか、疑う声もあった。しかし、本展を香港で開催できるということは、香港がいかに時代とともに歩んできたかを物語っているのではないか。この展覧会は、非常に多くの来場者と反響をいただき、私たち一同、とても誇りに思っている」。
香港政府が1991年に同性愛を非犯罪化したが、いまだにLGBTQ+差別禁止法も同性婚法も導入していないことに、サンは失望をあらわにした。「同性婚の合法化を語らずして、差別禁止法さえも推進しなければ、住宅や雇用の面において同性カップルの基本的な権利も守れないだろう」。
しかし、サンは一回の展示で法改正への動きが進むと思っていないことを認めている。「(今年11月に香港で開催予定の)ゲイゲームスがスポーツの側面から切り込むことができれば、我々はアートの視点からLGBTQ+に対する一般の人々の理解や許容度を高めることができるだろう。それこそが、今回の展覧会を行う意義だ」。