新書大賞受賞『現代思想入門』とはどんな本なのか? 著者が語る今「入門書のための入門書」を書いた理由
それにしても「現代」思想とは言いますが、もう古くなってしまったことは否めません。それは二〇世紀後半の思想であり、現代世界はその頃からだいぶ変わっています。それに、インターネットが登場する以前の思想なわけです。
今、現代思想の本を読むのはかなり難しいと思います。
デリダを読もうと思ったら、その前段階である「構造主義」の理解が少しは必要だし、ラカンの精神分析(フランス現代思想における精神分析の重要性については、後で詳しく触れたいと思います)の知識が前提になっていたり、暗黙の前提が多いのです。
二一世紀になってから、第一線の研究者によるわかりやすい入門書がたくさん出るようになりました。
そういう出版状況になってから読書を始めた世代からすると、二〇世紀後半に書かれた学問的文章はあまりに不親切で、暗号文みたいで衝撃を受けるでしょう。怒りすら感じる人がいてもおかしくないと思います(ですが、昔は読者に一定以上の教養を求め、読めないなら読めない方が悪いと突き放すのは普通でした。それでも読者はついていこうとしたのです)。
たとえば、LGBTQの権利に関して決定的な仕事をしたジュディス・バトラーというアメリカの思想家がいますが、彼女の『ジェンダー・トラブル』(一九九〇)は、人間の欲望においては必ずしも異性愛が基本ではないということを独特の論法で示した本です。
『ジェンダー・トラブル』は、ジェンダー、セクシュアリティについて勉強しようと思ったら一度は通らなければならない本なのですが、本書で説明するデリダの脱構築的な考え方と、精神分析の知識が前提になっています――しかも何の断りもなくそうなんです。