10月29日開催!【吉田簑紫郎 × 三浦しをん】写真集『INHERIT』を巡る対談
舞台上で人形遣いに命を吹き込まれる人形が、楽屋や舞台袖でどのような息遣いで出番を待っているのか、我々には垣間見ることができない。化粧をほどこされた首(かしら)、美しく結い上げられた鬘、衣裳を着付けられた胴が一体となる瞬間、艶やかな遊女や威厳に満ちた武将が静かに鼓動を打ち始める。人形たちは、物語の時間の流れから切り離されている間にも、確かに「役」を演じている。それゆえに、ある種、脈絡なく「本」の中に並べられると、舞台上のそれとはまた別の様相で「役の性根」を色濃く放ち始める。
「人形を遣っていながら、時折、人形に遣われているような感覚をおぼえる」と語る簑紫郎。意志ある「生」としての存在感を放つ人形たち。人形遣い自らが写真に閉じ込めたのはまさにこうした濃密な空気を纏った人形の姿だった。公演の間のわずかな期間、役を与えられて生きる人形と、束の間の人生、ペルソナを被りながら何かに操られているように生きる我々との間に、一体どれほどの違いがあるのだろうか。そんな思いが去来する。
写真集『INHERIT』に収録された人形たちは、それぞれが登場する物語の住人でありながら、物語世界とは別次元で切り取られた一瞬の「生」を謳歌しているように見える。それは、他でもなく簑紫郎がファインダー越しに捉えた人形が、人形遣いから切り離された姿であったからであり、また同時に、ただ切り離されているのではなく、役の性根を知り尽くした人形遣いの眼差しで見出された姿であったからでもある。