「20世紀を代表する哲学者」が、40代で迎えた「内面の変化」
20世紀を代表する哲学者ウィトゲンシュタイン。「前期」「後期」とも分類されるように、彼の哲学は40代で大きな転換点を迎えたと言われる。哲学者の鈴木祐丞氏は、そのきっかけは「彼が現実と折り合いをつけて、自分自身と向き合えた」ことだと考えている。いったい彼の内面にどのような変化があったのか、『〈実存哲学〉の系譜』から紹介してもらった。
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2021年、ショパン国際ピアノコンクールで入賞したピアニストの反田恭平は学生時代、師事していた片山敬子にこう言われたという。
「偽りの自分のままピアノを弾くのはやめなさい」(反田恭平『終止符のない人生』、幻冬舎、2022年、136頁)。今、振り返って反田は言う。
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若い時期は、どうしてもカッコつけようとしたり、自分を身の丈以上に良く見せようとしたがる。そんな姿勢はただの虚飾だというのだ。「オレがオレが」とガムシャラにエゴを前面に出すあまり、演奏が突っ走りすぎたり、逆に不必要に遅くなりすぎることもある。……「ありのままに弾いてごらん」 この言葉は僕の心に強烈に刺さった。そのときの僕は肩肘が張っていて、ありのままにピアノを弾けていなかったのだ。(同書、同頁)
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反田恭平のピアノは、反田恭平の音がする。誇張や迎合はなく、あるがままの自分として音楽を奏でている、そんな印象を受ける。そしてそのような音楽は、ときに聴く者の存在の奥深くにまで染み入り、その魂をやさしく癒す。
私は、哲学にあっても結局、事は同じなのではないかと、最近心から思うようになった。虚栄心にまみれ、身の丈以上の自分を演じる哲学者が生み出す哲学は、真理に届くことはない。それはどれほど見栄えよく、人目を惹くものとなりえたとしても、誰かの心の奥底に働きかけるものにはならない。
私がこう思うようになったのは、ウィトゲンシュタインという哲学者の生き方と哲学の変遷を目の当たりにしたことによる。