画家・井田幸昌が、生涯のテーマ「一期一会」を決めた瞬間
井田をインドに誘ったのは、父の友人でもある、ある教師だった。井田は言う。「偶然を必然に変えるのが人生」だと。その教師とのインドへの旅はまさに、偶然を必然に変えるものとなった。
■スラム街に書かれた「Life is Short」
約1カ月の旅でインド各地を訪問し、あらゆるものを見て回った。
路上で人が生まれ、死んでいくのが当たり前の国。ガンジス川では、亡くなった人が川のほとりで火葬され、その灰が川へ流される日常があった。街に出ると、服なのかどうなのかもわからないボロボロの布をまとった幼い子どもが物乞いをし、ゴミの山をあさっていた。
そこに生きる人々は、夢や希望など考えるヒマもない、目の前の「生」だけが大事かのように見えた。そんな、世界のどこかに常に存在しているであろう格差や、文化の相違を突きつけられた。
ひとつ心に残ってる光景がある。インドの西海岸にある大都市・ムンバイを訪れたときのことだ。
ムンバイには、一般人の居住区域とスラムを分ける壁が建っていて、その壁にはたくさんの落書きがされていた。一般人の居住区域側には明るい印象の絵ばかりが描かれているが、スラム側には「Welcome」など文字も多い。中でも目についたのが、カラフルな鳥が飛ぶイラストと一緒に描かれた「Life is Short」の文字だった。
「自分は何て甘えた生活をしているんだ。自分が行きたいところに行けるのに、絵もまともに描けないなんてバカじゃないのかと思いました。そして、帰ったら一生懸命描こうと決めました」
■「一期一会」という言葉との出会い
帰国後は、インドで出会った人や光景を思い出しながらキャンバスに向かった。まだ何を描けばいいのかわからなかったので、現地で撮った写真を元に、まずは老婆の絵を描いた。するとすごく良いと思える絵ができあがった。
現地で出会った物乞いの少女、描いた老婆には、もう二度と会うことはないだろう。そう思ったとき「一期一会」という言葉が浮かんだ。そして考えたのは、一期一会は旅先だけで起きているのではなくて、日常的に起きているんだということだった。
「みんな毎日変化があって、同じ人でもわずかに変化を続けています。今、目の前にいる人とまったく同じ人に出会うことは二度とないんです。そのこと気づいたとき、“なるほど”と腑に落ちました」
こうして井田の大きなテーマである「一期一会」が生まれた。
インドの旅をきっかけに、「描くべきモノ」を見つけた井田。今も何を書いていいのかわからなくなることはあるというが、それはかつての「わからない」とは大きく異なっている。
「思いだせば描くことはいくらでもある。今は自分の引き出しにたくさん詰まっているものの中から探し出す作業が大変なんです。思い出はいっぱいあるし、新しい出会いもあるから。描くべきモノもできて、気力もついてきたのは、インド旅行が一番大きなきっかけでした」