フード 和で洋で 初夏の味覚「アユ」
■川を上る姿のまま
土佐料理店「おきゃく」(東京都中央区)ではこの時季、コース料理のお品書きに、名物のアユの塩焼きが加わる。
わたも取らずに串を打ち、返しながら直火にかける。焼き上がりは、体をくねらせて尾を跳ね上げた、川を上る姿そのまま。独特の風情を目と舌で堪能できる。
一方、ほど近くにある「ブラッスリー ポール・ボキューズ 銀座」では、アユを使ったフランス料理が人気を呼んでいる。
「まるで泳いでいるみたい」-。歓声が上がるテーブルに運ばれたのは、コースメニュー(6600円~)の一つ、高知県の四万十川で捕れた天然アユを使った前菜だ。底に小石が転がる清流に、アユが力強く泳いでいる姿が一皿に表現され、心が躍る。
アユは太い中骨を取り除き、切り目にパセリバターソースをのせ、パン粉をつけてカラッと揚げてある。清流はバジルと春菊を使った緑色のソースで、ナスやズッキーニなど夏野菜を煮込んだラタトゥイユを小石に見立てている。
頭から尾まで、一口ごとに食感、味わいが変化し、ナイフを入れながら食べ進めるのが楽しい。
「アユは季節感あふれる唯一無二の食材。繊細な味を生かしながらも、フランス料理ならではの力強い味に仕立てるため、何度も試作を重ねました」
料理長の星野晃彦さんは話す。
アユは香魚(こうぎょ)とも呼ばれる。その香りに酢を合わせるのが和食の定石。星野さんは、フランス料理のエッセンスをふんだんに取り入れ、バターの風味、ハーブや野菜の個性的な香りを重ね合わせて、新しいおいしさをつくり出した。
■川ごとに違う香り
海で冬を越したアユは春から初夏にかけて全国の清流を遡上(そじょう)する。高知県では「日本最後の清流」といわれる四万十川をはじめ、15の河川で遡上が確認されている。
「高知は森林率が全国で最も高く、特有の地形がもたらす川の水は適度な流れがあり清らか。アユには好環境といえます」と、高知県地産外商公社の野戸昌希さんは説明する。アユの成魚は川底の石についた藻類を食べる。天然物が放つスイカやキュウリのような淡い香りは餌によるもので、川ごとに異なる。
全国的に見てもアユの漁獲量は減少傾向で、高知県ではこの30年ほどで10分の1まで減った。「温暖化に伴う海水温の上昇で稚魚の成長が不安定になったり、豪雨災害による土砂崩れで川底に泥がたまったり。以前よりアユが生息するには厳しいのが現状」という。
河川環境を改善してアユを増やすとともに、地域振興や観光につなげる、県を挙げての取り組みも始まったばかりだ。